にの、にの?

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とっぷぅあばうと小説あり□ 同人誤字脱字案内メール

オリジナル作品

夢うつつ

「文体の破壊」を表現コンセプトとして、表現テーマを「夢と現実の混同」にした本作。
どうやらいろいろやりすぎたようです。
2011年作品

なお、本作はデジタル端末で読みやすく加工したePUB版があります。
詳しくは同人ページまで

連載

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この 作品 は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利 - 継承 3.0 非移植 ライセンスの下に提供されています。

森の中でオレは目を覚ました。ミーミャンはまだ寝袋の中で言葉になっていない寝言を口にしていて、いつも起こされる側としては新鮮。なかなか見ることのかなわないミーミャンの寝顔を横に、ごわごわした寝袋から脱皮して、野宿セットの片づけを始める。

本当なら宿に泊まって快適な朝を迎えるのだけれども、状況が悪くなっていた。どうやら領主は悪魔とすり替わっているらしい。本物のサモの領主はどこか別のところにいて、悪魔が魔王と呼ばれる存在のもとで町を取り仕切っていた。でもそれを知らないのがほとんどで。領主に成り代わっていた悪魔を倒したオレらは『領主殺し』として追われる身に。幸いなことといえば、指名手配書には絵が描かれていなかったこと。

そこでオレらは服装を一新して、より身軽な、以下にも旅行客のような姿になり、野宿をすることにした。手配書には書かれていない安物のチュニックを身に、野宿をすることで町にいる時間を極力少なくする。とはいえ、時間の問題なのは当たり前で、早いところ情報を集めて判断しなければ。

ようやく目を覚ましたミーミャンを、いつもミーミャンがオレにしているようにせかしてニヤニヤして、早速情報を集めに町へ。ここ数日はカルミヤという町、サモの東側に二つ隣の町。今まで集めた情報をまとめれば、オレらは領主殺しの極悪人で、むごたらしく領主を噛み殺して広場にその破片をばらまいた、とか、領主の血を飲んでいる、とか、領主の目を集めている、とか。オレらが悪魔だと考えているらしい。確かにサモの領主もどきは目玉をたくさん首からさげていたけれども、もどきをやっつけたオレがさげているのは細い剣だけ。

日中の情報収取といえば町で店を出している人との会話だ。服装を安いものにしたということもあって、果物屋の女には、旅行でもしてるの? なんてフランクにきかれて。どこからきたの? どこにいくつもりなの? 二人はどんな関係? 

矢継ぎ早に聞くおばさんに返事するのはミーミャンだった。オレはときどきうなずいたり短い返事をしたり。ミーミャンはおばさんに対してウソ九割で答えながら、さりげなく周りの情勢について。隣町でこのあたりの旅をするのはやめた方がいい、すぐに帰るようにって言われたんだけれど何かあるんですか?

一瞬おばさんの表情が固まったのをオレは見逃さなかった。次の瞬間には営業スマイルに戻って、よく分からないねえ、なんてのんきな調子。曰く、よく分からないから領主に直接聞いてみれば、と。時間の許す限りは一般市民に会ってくれるらしい。さらに続けるには、カルミヤの領主は鑑、物乞いが食事を乞えば仕事まで与えてやり、子供のケンカまでも仲裁するというお人よしだ、とのこと。

気になるのはおばさんの振る舞いだった。不意に口角が引きつったのは、何かしらの引っかかりがあったからに違いない。領主関係で何かを知っている。領主殺しか、悪魔関連の事柄。ただ、もっと気がかりなのは、目の前のおばさんが騒ぎ出すのでは? という怖さ。オレらの首には賞金がかかっているのだから、声を上げて部隊に引き渡せば大金が入る。見てくれだけではばれないだろうけれども、こういう話をすると怪しまれるものである。

幸い、ミーミャンとおばさんが話をしている最中に兵士っぽい人は見かけなくて、おばさんもおばさんで、オレらを捕まえようとするそぶりは見せず。最後には『貧乏旅行だったら食べ物に困るだろう』と果物をいくつか持たせて、なんとお人よしな。

「ねえ、気づいた? おばさんの顔」

「ちょっとこわばったところ、何か知ってるんだろうね」

「でも話を聞くところ、探りをいれてる感じもなかったんだよね」

「となると、あの件については知ってるけれども、話したくはない、みたいな?」

「そんなところだと思うなー」

「でも、領主のところに会いに行く?」

問題はそこ。領主に会うということ自体がリスクだから。領主が悪魔とすり替わっている可能性は十分にある。そこに自ら飛び込んでゆくというのはできるだけ避けなければならない。

話の限りだとすごく親切みたいだけれど、とミーミャンが首を傾げる。

「悪……連中が人に親切をすると思う?」

「そうだよなあ、彼らが人によくするなんて話聞いたことない」

「もしかしたらこの町だけまだやられてないんじゃない? ほら、町の雰囲気だって荒んでいる感じじゃないし」

「雰囲気は悪くないんだけれど、この状況で領主に会うっていうのは危ないと思うんだ。もっと確信を持ってからじゃないと動けない」

「でも慎重になりすぎるのも危なくない?」

「領主の館の中に閉じ込められるよりも、街中でばれる方がまだ脱出できると思う」

「どっちにしろ捕まるかもしれない、って考えればねえ」

ミーミャンに納得してもらって、情報集めを続けた。店に立ち寄って、おばさんにしたのと同じ話をしてみる。決まって返ってくる、領主に伺いをたててみろ、という答え。領主以外に知っている人を紹介してもらおうとすると、誰もが知らない。

情報が入ったのは、飯屋で話を聞いたとき。領主に会ってみろというテンプレートの会話をしてから、ほかの人について聞くと、若い店主は唸り声を漏らした。腕を組んでうつむき気味に首を傾げて、それから一度うなずいて―思い当たる節はあります。オレらをイスに座らせると、外に出ていってしまった。出入り口に向かう足取りが、どこか急いでいるようでもあった。

「ようやく新しい情報にたどり着いたわけだ」

「これが終わったらこの町を出よう、長居しすぎてると思う」

「うん、かなりの数の人と接触してるし。もしかしたら連中の耳に入ってるかもしれない」

「だとしたらこうして待ってること自体も危なグッ」

ミーミャンの声がとつぜんつぶれて、上体がテーブルに落ちた。視線の隅っこに見知らぬ兵士が棒を持っていて。次の瞬間にはオレの頭に激痛が走って、一瞬で視界がぐちゃぐちゃになって。

小汚くて不快な世界に戻ってきてしまったらしい。いくどかまばたきをしてもまぶたはまだ重かった。動く気力もなし、それでいてやることなし。枕もとに重たい手を落としてまさぐって、時計を確かめてみればバイトの時間はとっくのとうに過ぎていた。でも、ケータイに目を向ければ、着信のイルミネーションはなく。

ああ、バイトないんだ。これから行かなくていいんだ。非現実の世界でまで仕事をするのはどうも疲れる。しかもあれほどムカつくキモ男と同じ空気を吸わなければならないのだから。苦痛という言葉をそのまま映したような状況、いうなれば悪夢。

眠たい。手の時計を投げ飛ばす。壁にぶつかると同時に、いかにもパーツが飛び散ったような音が。まあいい、かりそめの世界のことだから、また戻ってくることになっていれば復活しているだろう。眠い、重いまぶたがガチャン。まぶたを開ける力なんてない、こんな嫌な夢はとっとと終わってほしい。

ハッとしたとき、最初に感じたのはひどく冷たい地面だった。それから頭の後ろの痛み。辺りは決して明るくなく、鉄格子の向こうの壁にたいまつがいくつか。かなり狭い間隔で並んでいて、見るところ十個以上はある。鉄格子―そうか、捕まったのか。

ミーミャンは真ん中のあたりで腕を組んで、あっちこっちにウロウロしていた。たいまつの逆光で表情が見えないけれども、かなり集中しているのは雰囲気で分かる。腕を組むミーミャン、なかなか見られない姿。

声をかければミーミャンが飛び上がって、けれどもすぐオレに飛びついてきた。よかった、と口にするものの、感情的なところに浸っている余裕はなかった。どうやって逃げようか。このままだとやばいよね。

オレは、どう逃げるか、というよりも、どうやって倒そうか、ということばかりを考えていた。オレの細い剣では太い鉄格子をどうにかできないのは目に見えているし、見たところ弱くなっていそうな部分も見当たらず。となると、脱出の唯一のタイミングは牢の扉が開けられたときだけ。脱出したらまずは安全なところに隠れる。どっちにしろ領主への警備は厳しくなっているはずだから、すぐに行こうとのんびり行こうとリスクに変わりはしない。

「逃げるって言ったって、ここにいるうちは逃げようがないんだから」

「なんとかして逃げようって気はないの?」

「逃げようがないからね。だから、誰かが扉を開けたときがチャンス。脱出したら領主を倒そう」

「ええ、やるの? もう疲れたから脱出して別のところに行こうよ。あくまで情報収集なんだよ、別にやっつけるのが任務じゃない」

「でも、やるなら早い方が」

デュゴーン。

どこかから戸が開く重苦しい音がこだました。たちまち口が堅くなって動かなくなった。それはミーミャンも同じで、やや開いたままの口をふさげない状況。硬い足音が重苦しさののちに続く。鋭くて柔らか味のない音の一つ一つが心臓をえげつなく攻めたてて、止まってしまいそう。かなり張りつめた空気。時折音が重なるところから察するに、一人ではないようだ。

オレらの前に現れたのは、フードをかぶった二人の人物。右側のフードは頭一つ分ほど背が低かった。手元には太い蝋燭を入れたガラスのランタンで、腰のあたりで揺れている。

「先読みして料理屋の店主に成り代わったかいがありました。件についてかぎまわっていたとのことだったので、もしやと思ったわけです」

「さすがだ」

「あなた様と契約したのですから、当然の仕事です」

「北を、そして南も私の国とするためには、お前ら悪魔にはもっと働いてもらわねば」

「あなた様の命を後でいただけるのであるなら、安いご用です」

声の調子は男。左の男も右の男も聞き覚えがある。サモの広間での声。左の声は、他阻止たはずの悪魔の、鼻音交じりの声。どうして? 目の前でソレが言葉している。一方右の男は、前は魔王か何かだと思っていたが、悪魔と話している声を聞いて確信に至った。右は―ここの領主。

右側がおもむろにフードをとった。壁のたいまつで全く見えず。そうしてから牢の扉の前へ二歩。はっきりと体を突き刺す足音はわざと音を立てているようにしか思えない。音が静まり返ってから、口をいとも簡単に開けて。

「さて、どうやって苦しみのどん底に突き落としてやろうか」

扉の前でランタンを掲げたその男は、まるっきしあの森田オーナーと同じ顔をしていた。漬けものみたいなシワに不快感を誘う顔パーツの構成、人をばかにするような目、バーコードヘア。今の表情、人をあざわらうようなにやけ顔。森田だ。サモの広間で聞き覚えがある風に思ったのは、ソレが森田だったからだ。

やっつける、殺す、世界のためにこいつは生かしちゃダメ。殺意が一気に膨らんだけれども、武器は取りあげられていて。オレは殺意だとか憎しみを顔に思いっきり出してヤツに示すぐらいしかできなかった。あの顔を見てから口元の緊張なんて吹っ飛んだ。

でも、ヤツの笑いを誘うぐらい―しかも鼻で笑いやがった!―しかできず。とりあえずおとなしくしてろ、と言葉がソレの忌まわしい口から吐き出されたと同時に、視界がグルングルンしだした。耳に入ってくる気色悪い笑い声が、やけにエコーがかって聞こえたり、くぐもって聞こえたり。

で、ブラックアウト。

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