にの、にの?

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とっぷぅあばうと小説あり□ 同人誤字脱字案内メール

オリジナル作品

夢うつつ

「文体の破壊」を表現コンセプトとして、表現テーマを「夢と現実の混同」にした本作。
どうやらいろいろやりすぎたようです。
2011年作品

なお、本作はデジタル端末で読みやすく加工したePUB版があります。
詳しくは同人ページまで

連載

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この 作品 は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利 - 継承 3.0 非移植 ライセンスの下に提供されています。

はじめのうちは、町田と名乗っていた人物がミーミャンであると発見したがために尋常じゃない興奮状態にあったけれども、一時間程度経ったころになれば、すっかり睡魔との戦いだった。何度か棚に倒れかかるようにぶつかって商品を落とすことも。けれども、普段は文句をべらべら吐き出す森田が一切文句をたらさなくて、奇妙だった。それだけじゃない、文句どころか、高慢で鼻につく命令もなかった。何でもかんでも自由に仕事ができた。

まあ、自由とはいっても、あまりにも強い睡魔がためにほとんど何もしてないが。狭苦しい部屋に戻ってきた記憶はない。少なくとも、布団に倒れたことは覚えている。

で、倒れた瞬間に、体をゆすられている感覚があって。

目を開ければミーミャンが体をゆすっていた。野宿をして三日目。ミーミャンはすでに寝袋を丸めて片隅に置いていて、仕事の準備万端。目がなんだか据わっているように思えて。ミーミャンがこのような目をするとはただごとではない。その目に体がこわばった。

慌てて飛び出て装備品を固めながら、ミーミャンの話に耳を傾けた。野宿をしていたのは、サモの領主が足しげく通う遺跡があるという情報が得たからで、ミーミャンが言うには、髪をすっかり白くした男が一人、ろくな武器もなしに遺跡へ入っていったらしい。モンスターのいない遺跡は遺跡にあらず。モンスターのいない遺跡は単なる公園。遺跡と呼ばれている以上、モンスターがいるのに。

ミーミャンは、領主の姿に間違いない、とひそひそ声で耳に吹き込んでくる。白い髪もちらっと見えた顔のパーツも同じで、右のまつ毛とまつ毛の間にほくろがあったとのこと。武器を持たずに遺跡の中で何をするのか、もしや戦争の準備でもしている? オレらはそれを確かめなければならない。

そそくさと寝袋を丸めてバックに押し込み、人目につかない木の陰に置いた。もちろんミーミャンのものも。それから、ミーミャンが見たという領主が向かった方面へ、遺跡の崩れかけた壁に身を隠しながらも、慎重な足取り。基本的に突撃隊長はオレだから、ミーミャンから方向を確認したのちはオレが仕切った。

というのも、ミーミャンのスタイルは完璧にサポート役で、全線で戦うのは無謀だから。魔法はできるけれども、どちらかといえば補助魔法系、たとえば筋肉の動きをサポートする魔法だったり、逆に動きを邪魔する魔法だったりが得意で、物理的な武器がナイフ一本だ。そんな装備で大丈夫なわけがない。剣士のオレが前線に立って、後ろからサポートをしてもらった方が安全。

領主の姿は見つけたり見失ったり。姿がなくなったときは、地面の足跡を頼りに道をたどって。やたら広い遺跡にややオドオドしながらも、なんとかそいつの後を追う。ベージュ色の肩からふくらはぎまでを隠すマントがひらひら、脚の動きに合わせて揺れていた。

銀髪は遺跡の一角にあるひときわ保存のよい建物へまっすぐ向かっていた。辺りを見回したり立ち止まってみたり、という散策にはよくある動きが全く見られないから、きっと散歩とは違う。散歩だったらもっと周りの様子を楽しむと思う。よそ見の許されない散歩なんて散歩じゃない。単なる歩き、あるいは出発地と到着地が同じな移動。

ヤツが建物の中に入っていったのを見計らって、オレらは足跡を追った。地面の上にうっすらと残る足跡に沿って、足跡よりも大きな足取りで入り口へ。けれども勢いに任せて中に突撃せずに、まず壁に張り付いて。そっと入り口から中を覗き込んで様子を確かめる。中にオレらを危険に陥れるような輩はいないか? 待ち伏せはないか? 罠は? 

見えるものはけれどもあまり多くなかった。目を凝らして隅々を見渡すものの、暗がりでものがよく見えない。入り口の周りはまず安全らしいことは分かったのだけれども、いかんせん奥が真っ黒で分からない。

中に入ると足取りは慎重になって、けれども素早く動く必要があった。周りが薄暗くて、どこに領主がいるのかが分からない。中が入り組んだ構造となっていて、どこに領主がいるか分からない。だからといって慎重になりすぎれば領主が建物から出ていってしまう。何をしていたかつかめないのもまた困る。ようは領主が消息不明だからいろいろよろしくない、というわけで。

壁を伝いながら一階部分を見て回っていたところ、地下につながる道を見つけた。壁に備え付けられたたいまつに火がついていて、こうこうと通路を灯している。両壁に合わせて五対の炎。自然に炎がたいまつにつくことはありえないわけで、つまりはこの向こうに領主がいる。さあ、もう逃げられないぞ。単なる行動調査ではあるけれども、まるで猟犬のように羊を追いこんでいるようで気分はよかった。

地下へ下ってしばらくは同じような通路で、やたら長いように思えた。左にずっと曲がってゆく形となっているがために出口が見えない。視界から切れている部分から現れるのはたいまつ、たいまつ、たいまつ。風に揺られることなくしっかりと気をつけの姿勢を保っていて、でもオレらが横切る瞬間にぐらついて。

道の曲がり方が急になったと感じたと同時に出口が見えた。左側の壁だったところが出入り口となっていて、目の前を右側の壁が湾曲してふさいでいる。そして口からは、ものを置く音や足音がやけにエコーして聞こえた。

ヤツはすぐ近くにいる、これだけは確か。だからのそーっと片目だけをはみ出させて中を見れば、思いもしないほど広い空間があった。おそらくは洞窟を多少いじって作ったのだろう、天井が見えなくて、右側や左側も暗くて見えなくて、平らにならされた地面は、地下なのに開放感を感じさせる。オレらがいるところから正面に向かって、等間隔に人の胸ほどある高さの燭台がたてられて、明かりの道が作られていた。

その奥で橙の明かりに包まれている人が一人。距離があってあまり詳しいことは分からない。もっと近づいて様子をうかがいたかったけれども、いかんせん広間に隠れる場所がないわけで、出入り口から覗き込むのが限界。

急にたいまつの炎が揺れた。激しく荒ぶって暴れたかと思えば、オレの目に強烈な風が襲ってきた。耳の中に風が入りこんできて風邪の轟きが耳を覆う。ひんやりと冷たくて澄んだ強風。その上乾いているらしく、目を開けていられなかった。

風がおさまって目を開ければ、道を作っていたたいまつ多くは生き延びていた。あんな強い風なら消えてしまって当然だろうに。オレらに一番近いたいまつ一対が消えているだけで、ほかは何事もなかったかのよう。なんで? どうしてほかの炎はそこまでたくましいのか?

炎に気をとられているところに、図太い声が飛びかかってきた。それともう一つの、鼻にかかった高い声が交互に言葉を交わしている。見えない誰かと話をしているのか。となると、真っ黒などこかに誰かがいるのか。領主は平然とオレらに背を向けて話を続けている。内容はいかにも政治的なふうに聞こえるけれども、物騒。北部地域での『進捗』を話題にしており、領主たちがどれだけ人々への脅威となっているかばかりを話していて、平穏さの欠片なし。しかし、姿の見えない人の声、どこかで聞いた気がする。

相手は話に夢中で、領主は微動だにしていなかった。もしかしたら連中は気づかないのでは? とすれば正々堂々このホールを侵しても気付かれまい。けれど暗闇の中に誰かいるのならば、立ち入った途端に見つかるのではなかろうか。この距離だからこそ、ちょっと顔をのぞかせるぐらいでは気づかないのであって、全身をさらしてしまえば一巻の終わり、といったところだろう。

足音が響いて、オレの中の会議が吹っ飛んだ。勘づかれた! 壁に引っ込んで息をのむ。ヤツが迫ってくる。見つかって、任務失敗。物々しい話しかしていないのだから、命だって危うい。足音!

けれど足音はすぐに止まった。明らかに近くではない。数歩後ずさりするか何かしただけのようだった。事実、再び覗き込んででみれば、先ほどとは何ら変わった様子はない、ただこちらに背を向ける人がいるだけだった。

「では軍事力の話といこう」

「はい、それぞれの都市国家におおむね二百から四百人程度の軍隊がある模様でして、現在押さえてある都市は六つなのでおおよそ二千人体制でのぞめます」

「問題は量ではない、実力だ」

「多くは平均的なものとみてよいかと。まあ、あなた様にはあの部隊がいるのですから」

「アレは自慢の部隊だ」

「部隊十人で軍百人以上、我々悪魔の目からしても素晴らしい」

「君たち悪魔ほどではなかろう」

「あなた様だって十分あくどいじゃないですか、魔王様」

とんでもない言葉を口にしやがった! 悪魔とはなんだ、悪魔とは。魔王とはなんだ、魔王とは。あの人類共通の敵のことか。具体的にどんなやつなのかは全然知らないけれど、とにかく悪いやつなのは確かで。悪と物騒な話をしている領主もきっと悪で。つまりは、領主を倒さないと情勢を立て直せない。

背後のミーミャンに振り返って、一言、倒す、とつぶやいた。ミーミャンは一度だけ、大きくうなずくだけ。くりくりとした二重の目はまっすぐ俺を見つめて、音もなしに意思を示す。どこか励ましているような、激励するような、そんな感じに思えた。

腰の剣を引き抜き、ホールに飛び込んだ。領主の近くまで駆け抜けた。自らを悪魔と称する領主と、魔王と呼ばれた何かがいる場所。今までこれほどまでおぞましい状況に陥ったことがあったか? 魔王だぞ? 魔王と対峙できる人間が何人いる? 頭がすっかり興奮して、体中の感覚が研ぎ澄まされてゆくのを感じた。

「サモの領主、お前は北部の治安を侵そうとしている」

「あんたは何者だ」

「いうなれば、魔王の敵だな。依頼により、あんたらを倒さなければならない」

「人間ごときにそのようなことができるとでも?」

領主が振り返るなり、マントに手をかけて、勢いよくはぎ取った。ばさりと飛ぶマントがやけにスローモーションで舞っていた。明らかとなる領主の姿、その姿はやけに大きい。いや、人としての部分は人並みではある。頭、胴体、脚。どこが大きく思わせているかといえば、背後から左右に伸びている、何か。縦は領主の身長と同じぐらい、横にいたっては縦よりも長い。

翼―領主は領主ではない。ヤツは、本当に、悪魔だ。信じられない、本物がいるだなんて。でも目の前のヤツが悪魔なら、領主はどこに行った? もしや悪魔に殺されたのか―食べられたのか―悪魔のえさになったのか―とにかく、目の前の状況は大きな事実を突き付けている。サモの人々は、領主と悪魔が入れ替わったのに気づいていないし、オレら以外の誰も関知していない。

オレが倒さなければ。剣を構えて飛びかかろうとした。が、地面が急になくなって。前のめりになって、でも踏ん張りが全く利かなくて、そのままグルグルと奈落を落ちていって―

小汚い部屋に横たわっていた。右手から差し込む日差しは白いカーテンにさえぎられて幾分か柔らかだったけれど、目にはまだ痛い。窓に背を向ける形で身をよじると、その先にケータイのLEDが虹色グラデーションで点滅していた。床に爪を立ててケータイに体を向けて、手に取れば、サブ液晶に着信アリのアイコン表示。片手で開いて詳しいところを確かめれば、なんと十件も電話がかかってきているとのこと。しかも同じところから。

着信履歴に並ぶコンビニの名前。十分ごとに同じコンビニ。枕のかたわらにある時計が示すのは、例のごとく、バイトには遅刻確定の時間で。というかすでに遅刻している。まるで見計らったかのように、出勤時間を過ぎた途端に電話がかかってきていた。

バイト用の装備に着替えて家を出て出勤する間でも、ケータイはブルブルした。途中で一度だけだけれども、画面を見てみればきっかり前の電話から十分後だった。まあ出なかったけれども。

で、コンビニのバックルームで打刻を済ませて、制服という装備を身につけて店に出れば、レジに立つミーミャンと目が合った。おはようございます、という言葉に、オレがおはようミー、と返せば、またその呼び名ですか、と心外な発言。まあ呼び名は何でもよいですが、とさらに心外な言葉。いつもミーと呼んでいたのだから、今さら何を?

「にしても、どうしたんですか? かなりの遅刻じゃないですか」

「いやね、どうも調子がよくなくて」

「体には気をつけてくださいよ。現に仕事に差し支えているんですから、体を大切にしないと働けませんよ」

「忠告としてありがたく受け取っておくよ」

「しっかりしてください」

ミーミャンの口調に怒りだとかとげとげしい感情は感じ取れなかったけれど、目を見て話してくれなかったところ、やはり機嫌を損ねてしまったらしい。心配をかけてしまったというのは申し訳ない。

さて今日は何から手を付けようか、と思案しているところに、トイレから森田オーナーが出てきた。たいそう腹の調子が良かったのか、鼻歌交じりで書籍コーナーを進んでいた。けれどオレと目が合った途端に気持ち悪い鼻歌を止めて、代わりにののしり言葉の槍一本。今さら来たのか、邪魔だ。オーナーはそれだけ口にすると、出入り口の電動ドアから出て行った。

不思議なことに、オーナーはそれからずっと店頭に現れなかった。いつもだったら何かしら仕事をしているオレに悪態をついてから命令をするものだが、一切何もなくて気味が悪かった。ただし、ミーミャンがオレにやるべき仕事を聞いてくれるのは、オーナーがいないおかげ。コンビニの世界でミーミャンと話しがたくさんできるのは気分がよかった。特に先輩と何度も呼ばれることが! 普段通りリョウと呼んでくれるのでもよいのだけれども、これはこれでなんだかかわいらしい。

オレがここでバイトしてきたかなで一番充実した日だったのは間違いない。このコンビニで心が安らぐとは思わなかった。だって、いつもは無表情なのに、ガラスに映ったオレの顔は笑っていた! いい加減な客との受け答えも、今日はやたらはきはきしていて、客までもが柔らかい表情だった。いつもは葬式の帰りのような顔つきなのに。

そのような楽しいひと時に限って早く時間が過ぎてしまうのは誰しもが経験すること。あっという間に外が夕焼けに染まっていて、それはもう鮮やかなオレンジ色だった。時間としてももう少しで勤務終了。後は飲み物の在庫補充をしておしまい。

ただ、森田の姿はずっとなかった。日中の暇な時間帯も、高校生のガキらが一挙して押し寄せた午後五時ごろでさえも。クーラーの裏から店内のほとんどが一望できるけれども、見えるところにいるのはミーミャンだけ。やはり、あの男がいるだけで雰囲気がずいぶんと違う。森田臭もなし、森田感もなし。なんてよい職場なのだろう。

クーラー内の全ての飲み物について補充が終わったところで仕事を終わりにした。クーラーの後ろからバックルームまでは店からは見えない通路でつながっていて、オレはそこを制服を脱ぎながら歩いた。さてこれから打刻して消費期限切れの弁当をあさろう、と思っていたところ。

タイムカードがないという現実。

出勤したときにはちゃんとカードホルダーから自分のヤツをひっぱりあげて打刻して、それからちゃんと同じ場所に戻したはずだ。にもかかわらず見当たらない。あるのは、ミーミャンが使う町田と書かれているタイムカードだけ。なんで?

ああそれなら捨てたぞ、と口にするのは背後の森田。ただでさえ狭いバックルームが森田感で狭苦しかった。

「新しく女の子が入ることになったから、お前はもう用済みだ。明日から来なくていい」

「はあ、ですがタイムシートがないと今日の分が打てないのですが」

「今日の労働は今までこの店にかけてきた迷惑料だ。とっとと消えろ」

目と鼻の先でののしられて、森田の口臭が鼻を刺した。ミーミャンと二人っきりのバイトでよかった気分もだだ下がり。珍しく眠気とは程遠かったのに、急に湧き上がる眠気。そうか、森田という存在が睡眠薬ということか。だとすれば、普段から眠たくて仕方がないのと、今日まぶたが重くならなかったことのつじつまがあう。そうか、そうか。

ポジティブから程遠くなった頭に、反動の追い討ちがかかる。目の前の森田がありえない感じでグネグネとゆがみ始めた。ありえない方向に腰が曲がっていたり、二の腕がくるんとゆがんでいたり。バックルームの光景に絵の具みたいに溶け込んでいるようにもなった。一言で言えばオカルトチックな光景。

あまりに異様な光景に状況を悟る。ああ、ここにいるとまずいな―そう思ったのは確かだけれど、あの狭くて古い部屋に戻るまでの記憶はない。酒を飲みすぎたときのような感覚で、でもせんべい布団を前に見下ろしていたのは間違いない。そのときも見えている世界がゆがみまくっていて、耐えられなくてせんべいの上に落ちたのだった。

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