にの、にの?

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とっぷぅあばうと小説あり□ 同人誤字脱字案内メール

オリジナル作品

夢うつつ

「文体の破壊」を表現コンセプトとして、表現テーマを「夢と現実の混同」にした本作。
どうやらいろいろやりすぎたようです。
2011年作品

なお、本作はデジタル端末で読みやすく加工したePUB版があります。
詳しくは同人ページまで

連載

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この 作品 は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利 - 継承 3.0 非移植 ライセンスの下に提供されています。

手の甲のひりひりした痛みに目を覚ました。ボリュームのある青臭い匂いがむわっとして、下の涼しさが肌に伝わってきた。頭が何かゴツゴツしたものに乗っかっていて痛い。すりこぎ棒で後頭部をグリグリやられているような。頭のてっぺんもグリグリこすりつけられているから目を動かしてみれば樹の幹。体中にまとわりつくけだるさ。想い腕を上げて手の甲を見れば、一面に擦り傷。血は止まっている模様。

目を覚ました、と手を取るのがミーミャンだった。手を取りはするけれども、手を握りしめるような行いはせずに、手首のあたりを包み込むようにしていた。心なしか力が強い。なるほど、そういうことか。

ちょっとした事故の原因はミーミャンにある。オレにぶつかってきたわけではなく、飽きたのが原因。あの寝そべり型自転車にはまって二日後、飽きたという言葉とともにオレのシンプル自転車を持っていってしまった。それで今回の領主からのお仕事。馬を使えばよいものの、何を血迷ったか自転車を使う羽目に。だからオレがあの寝そべり自転車で北を目指すこととなってしまったわけで。とはいえ、乗ってみると案外乗りやすいという事実が判明して、やべえスイスイ動く、とミーミャンそっちのけで激走していたところ、バランスを崩して転倒。そして気づいたら木の下で横わたっていたという流れ。

「もう血も出てないね」

「うん、なんとか」

「自転車も壊れてるところはなさそうだし、もうちょっと休んだら行こう」

「時間ないからね」

「ほら、リョウちゃんが調子に乗って自転車こぎすぎるから」

「そもそも飽きるのが悪いんじゃん」

「だってえ」

とまあ、目的地へ行くだけでも問題が起きていたのだが、目的地であるサモに到着してからも問題だらけだった。とにかく重苦しい。町全体の空気が外とは全くの別物で、肩にかかる重さが異様に感じられた。ただでさえ少ない道行く人々も重い色合いの服ばかりで、表情もどこか陰鬱そう。というか陰鬱以外には思えない。

自転車で激走する気にもなれず、歩けば歩くほどさびれた感じが伝わってくる。店は開いていても品物があまりなくて、店主の顔色もつまらなそう。目が合うと、店主の睨みつける攻撃。睨み返してなにかいいことがあるとは思えなかったからすぐに目をそらした。買い物をしている人を合わせて二人見かけたけれども、一人は無表情で、もう一人はガミガミ文句をこぼしながら、なんでこんなに高いのよ、だの、アンタんとこはだめね、なんてののしりながら、結局何も買っていないという始末。無表情のに比べて、文句を並べる女はいかにも金持ちといった服で、重苦しい町の雰囲気とは対極の輝きを放つけれども、心地よい輝きとは程遠い。

情報を集めるのに手ごろな場所を見つけたのはそれから何分も通りを進んでからだった。さびれた道に人が現れて、同じ扉をくぐってゆくのを目にして。ミーミャンに目を向けるとちょうど目が合って、戸のある方へ一度、目を動かしていた。何も言わずにうなずくとミーミャンもうなずき返してくれる。うん、行ってみよう。

今まで見たサモの光景の中では一番賑やかではあっても、やっぱりサモは暗い町で。オレらの町では信じられないぐらい落ち着いている感がある。ちょっと品のよい酒をたしなむにはなかなかとは思えるけれども、テーブルにあるのにはおしゃれとは程遠い料理や食器。中にはへりが欠けているものもある。それにどこも同じ料理、炒めた葉野菜がちょこんと皿の真ん中においてある。原材料、葉、以上。なんて貧相な料理。

どうやら料理がそれしかないのか、注文していないのにその皿が運ばれてきた。店の人が「飲み物どうする」とふてくされた調子で尋ねてくるのがちょっと癪に触ったものの、気にしていないらしいミーミャンが、何があるのかを聞いていた。するとどういうことか、酒はたった一種類しかないという答え。酒場じゃねえ、と心の中で突っ込みながらも、よくよく周りを見てみれば、確かに同じものばかりを飲んでいるらしい。酒と葉っぱ炒めのセットばかりが客の前に並んでいる。

ミーミャンは飲む気満々で、だけれどそれが周りから浮いているのにすぐ気づいて、でも気にしないで酒を一気飲み。わざとそうしているいつもの流れで、普通の酒場であればこれで普通になじめる。適当にはしゃいで溶け込んで、周りに話ができそうなやつを探して、すっと話をしに潜り込み。情報収集の基本のテンプレートが、でも、ここでは通用しない。普通じゃないのを改めて感じる。

酒場での会話にふさわしいそれっぽい言葉を口にしながら、目はグリグリ人を見る。誰かよい話が聞けそうなやつはいないものか、疲れていて、精神的に参っていて、それを酒で逃げようとしているヤツ―と考えていたら、オレら以外の全員が当てはまりそうな気がしてきた。まあ、話しを聞くには誰でもよい、ということか。でも、できれば早いところ核心をついておきたい。こんな陰鬱なところにいたらオレらまで重苦しさに毒される。暗く落ち込んだミーミャンの姿は見たくない。

カウンターの隅に兵士の姿をした人がいた。頭は無防備だけれども、胴体は鎖帷子で覆われている。外して横にでも置いておけばよいのに。ほかの客と同じように葉野菜の炒めものをかたわらに杯を傾けていた。見る限り、炒めものがほとんど減っていない。オレも目の前の皿に手をつけてはみたけれど、うまいうまいといって食べられるものでなく。むしろ味気なくてまずかった。

席を立ってからミーミャンに一言声をかけて、今にも自殺しそうな背中に忍びよった。新しい酒を注文しながらさりげなく兵士の隣に腰を下ろして、新しい一杯を受け取る。兵士からは白い目でにらみつけられるが、気にしない。

こういった仕事の際には、オレらは紀行文を書いている人という設定にする。そうすれば相手も町のことを話しやすいだろうと考えているからであって、ミーミャンの入れ知恵でもある。見ず知らずの赤の他人に話しかけて一番違和感がないのはどんな人かな? と。

「他の町に比べると極端に雰囲気が暗いというか、おごそかというか、そんな感じがするんですが。有名な神社とかあるんですか?」

「悪いこと言わねえ、町の人間じゃないなら早いところここから出た方がいい」

「それってどういうことですか? 何かよくないことが起きてるとか」

「忠告だよ。何でもかんでも、ここの領主様が急に変になってしまったんだ……どうしてあんなに人望の厚い方だったのに……親父、もう一杯! 飲まなきゃやってられねえ」

ガキがおもちゃを奪い取るように杯をひったくって、兵士は一気に飲み干してしまった。あんな聞いてくれよ―初めは嫌そうにしていた彼が饒舌になろうとしたところで、外からけたたましい音が飛び込んできた。まるで大きな鐘がゴーンゴーンとなっているような。急に目の色を変えて飛び出す兵士。鐘のような音はしかし、ピー、ピーという電子音を低くしたような音だった。この音は、そうだ、オレが別の世界に移ってしまうサイレンだ。

目を開けた途端に訪れるのはだるい感覚と耳障りで単調な音だった。単調とはいってもいつもの時計の音ではなかった。コンセントの近くでケーブルに繋がれたケータイが、ぶるぶる言いながらもベルの音を鳴らしていた。着信を見ればバイト先の名前があって、時計に目を向ければ、とうにバイトの時間を過ぎていた。

コンビニに到着すると、電話機にしがみついている森田オーナーがいた。ポケットの中でブルブルするケータイ。どうせオーナーからの電話なのは分かっていたから出勤したのだけれど。目が合うなりはっきりと聞き取れるぐらいの舌打ちをかまして、受話器を叩きつけた。

「電話ぐらい出ろ」

「遅れているの分かってたんで、電話受けるヒマがあれば来た方がいいと思ったんで」

「なんだその言い訳。電話するのが当然だろ」

「いや、早く出勤しないと、遅れてるわけですし」

「そういうんじゃなくて、常識だっつってるの……あーもういい、お前には常識の欠片もないんだよなうんうん、まともに仕事できないのにそこまで期待した僕がバカだったんだな、そうだそうだ」

顔の周りにいるハエを払うように手を動かすと、オーナーは隅のパソコンに腰かけて何かをし始めた。画面に食いつくように作業しているさまはなんとなく引きこもりのイメージ映像に似ているような気がして。

どうして引きこもりに常識だうんぬん言われなければならない? オレの心に湧き上がってきた不満がカルメ焼きのように膨らんできた。だってオレは領主の命を受けて大きな仕事をしているのに。国の将来を左右するかもしれないほど大きい仕事をしているというのに。なんてひどい仕打ちか!

ひどい―ありえない―と考えていたら、オレが今袖を通している制服は一体なんなのだろうと疑った。制服は制服で間違いないけれども、問題なのは『制服に袖を通している』ということ。なんでこんなことをオレはしている? 一方ではオレは実力のある剣士として戦ってきて、領主から信頼も得ていて、でも一方、このみすぼらしい世界では毎日毎日退屈でやる気の起きない時間が過ぎていて。魅力のない毎日がオレの人生なのか? それとも魅力ばかりな冒険の日々がオレの人生なのか?

どちらかは夢でどちらかは現実なのははっきりと分かっているつもり。だけれどどちらも、なんだかはっきりとした違いがないように思えて、オレの思っているものが間違っているような気がしてならなかった。

タイムシートに打刻して、バックルームから店内へ。煮え切らない思いに気持ち悪さを覚えながらも、レジに目を向けると。

ミーミャンがいた。

ジーンズにスニーカーに制服という恰好であるものの、雰囲気だとか、しなやかでふんわりとした髪の毛はミーミャンだった。顔の大きさも、厚めの唇も、くっきりとした二重も、よくみれば確かにミーミャンだった。

だから、どこかで見たような、というあの感覚は全く正しいということ。だってミーミャンだもの、いつも一緒に仕事をしたり買い物したりおしゃべりしたりしているミーミャンだもの。むしろ気づかないでやり過ごしていた自分がバカらしく思えた。

するとどうだろう、あの森田にべとべとされていたのに平然としていた彼女の振る舞いに納得できるようになっていた。彼女なら、気持ちを切り替えないとできないオレとは違って、だれとでも平気に話しができる。ミーミャンはずっと電源オン。多分、ゾンビとかミイラとでも仲良くなれる。

目が合うなり、ミーミャンはほほ笑みながら、おはようございます、と言った。なんとまあかわいらしい。

「でも先輩、どうしたんですか?」

「気が付いたら時間が過ぎててね」

「寝坊ですかー、それは気を付けないと。私もいつかしそうで怖いです」

「ミーなら大丈夫さ、うん」

「ミーって私のことですか? なんかのキャラクターですか?」

「いいや」

腑に落ちない彼女の顔はとても怪訝そうだったけれども、不機嫌に見えるその顔もまたミーミャンそのものだった。

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