にの、にの?

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とっぷぅあばうと小説あり□ 同人誤字脱字案内メール

オリジナル作品

夢うつつ

「文体の破壊」を表現コンセプトとして、表現テーマを「夢と現実の混同」にした本作。
どうやらいろいろやりすぎたようです。
2011年作品

なお、本作はデジタル端末で読みやすく加工したePUB版があります。
詳しくは同人ページまで

連載

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この 作品 は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利 - 継承 3.0 非移植 ライセンスの下に提供されています。

POSレジの違算チェックをしていたら、六百円の不足があった。オレが相手をした客は結局あのブヨブヨとその後しばらくしてから来たガリガリのメガネをかけたゴボウだけだった。ブヨブヨの会計ははっきりと覚えているし――もちろん違算していないことも――ゴボウはきっかり百九十円を払ってタマゴサンドを持っていった。違算するとすれば間違いなくオーナー、ずっと暇をしているはずの森田だけ。なのにあいつはオレの給料から違算分をさっぴくとほざきやがった。反論したって聞く耳持たず。これが初めてではない、そうやってあの生理的嫌悪感殿堂入りは搾取する。もし違算チェックで多かったらどうなるって? もちろん、アイツのちょっとした小遣い。

胸くそ悪い出来事があったから、賞味期限切れの弁当を持って帰って食べる気になれなかった。代わりにごみ入れにおいてあった弁当をぐしゃぐしゃにした。結局はごみ袋に入ってしまっているのだから何も面倒は起こらないのだけれども、むしゃくしゃを吐き出す場所が思いつかなくて。サラダとカレーライスとおにぎりとサンドイッチがぐちゃぐちゃになった姿は消化されていない吐しゃ物のようだった。

もしかしたら単にぐちゃまぜになったコンビニ弁当の残骸だったのかもしれない。けれども、オレのグラグラとユラユラとゆがんだ視界から見たら間違いなくモザイクが必要なブツだった――それだけ眠気がオレの視界をグチャグチャにして、頭をおかしくしてしまっていた。

どう帰ったのかもよくは覚えていない。膝小僧がズキズキするからどこかでこけたのは分かるけれども、こけたという覚えがない。家に帰ったら部屋が右に左にと傾いて、視界の中心が渦を巻いて次元の狭間が顔をのぞかせている。それがはっきりと覚えていること。

で、布団に倒れた途端に、布団からワームホールが現れて、オレは体の中が無重力になる感覚に吐き気を覚えながら落ちていって――

慌ててベッドから飛び起きた。まずい、大事な用事があるというのに。窓から差し込む光の強さがオレをせかす。早くしないと領主がへそを曲げるぞ、それでお前の信用はがた落ちだ。お前の重要な収入源が消えるぞ。

短気で人望のない領主ではないけれども、待たせてしまうのは申し訳ない。毎度それなりに生活できるだけの金と仕事を工面してくれる町の領主。急いで装備を整えて、といっても丈の長い上着とフェンシングに使うような細い剣を忘れずにいればよいのだが。

今日は黒い上着を着て、領主のいる館に足をふみいれた。顔見知りの、ときには飲みにさえ行く執事に案内されて一番奥の客間に通された。質素倹約遊ぶ金があるなら民衆に、というモットーである領主の鑑が唯一金をかけた客間。革張りのソファや渋い塗装のテーブルが部屋の真ん中に鎮座し、壁にはいくつも絵がかけてあった。ただし、有名な画家のウン億円もする絵ではなく、町で生活している絵描きによる地元の風景画だった。町でつくられたものは絵だけじゃない、部屋の四隅に立てられている植物を模した木彫りや裸婦の石像もまた地元の芸術家によるものだし、何を隠そう、ソファやテーブルも地元の職人によるもの。唯一金をかけた客間に投入された金は全て町の民衆に届けられているのだった。

客間でのんびり絵を眺める暇もなく。領主はすぐにやってきて、挨拶もなしにいきなり要件を切り出した。事態は深刻かもしれない、と。

「北の街でどうも情勢が不穏になってきているらしい。周りの領主も調査に軍隊の部隊を用意したり、人を雇ったりしてる。そこで君に、うちからの人員として、北部地域の調査をしてきてもらいたい」

「その情報はどうやって手に入れたのです?」

「最近、北部の領主が次々と連絡を絶っている。手紙のやり取りもできていないという話があってな、それに領主の会合にも顔を出さない」

「連絡しないようになっているから、軍隊を動かすところもあるんですか。それはまた物騒な」

「北部地域に近い町がそのような対策に出ている。つまりは、近い地域は防衛線を張り巡らせて北からの不測の事態を防ぎ、我々のような離れた町からは内部調査のための偵察要員を送り込むという構図だよ」

「そこまでする意味があるんですか。前線だからこそ軍ではなく内部調査に携わるべきでは」

領主は一瞬フリーズしたように動かなくなって、それからニヤッと笑みを浮かべた。さすがリョウだな、という根拠の分からないお褒めを口にして、ソファから離れた。ゆっくりと脚を進める先は窓。右に左と外の様子を確かめているらしい。

「実はね、マリエンヌが宣戦布告をしたのだよ。隣のエヴァスに」

「宣戦布告が北部地域の情勢に関係があると考えているわけですね」

「そうだ」

というわけで仕事の内容はこうだ――北部地域における情勢異変の調査。言葉にしちゃえばごく短い言葉で済むものの、やらなければならないことが山ほど。情報集めに、情報整理に分析に。今回はしかも原因の排除までエキストラな仕事として与えられた。絶対に達成しなければならないわけではないが、剣士としてこれ以上魅力的で恐ろしい任務はない。燃えてきた。

館を出て、自転車を走らせてミーミャンの家へと急いだ。人の迷惑も顧みず道を全力全開。今すぐにでも準備して出なければ。任務の重大さと迷惑度を天秤にかければ、迷惑度が軽いに決まっている。だがそれを知らない町の人々。オレは何度もベルを鳴らして人を蹴散らす。邪魔だ、これから大事な仕事なんだ! リンリンとベルを鳴らしまくっていると、するとときどき変な音になるようになった。前もミーミャンがベルを鳴らしている時に鳴った音。この音はなんて不快なのだ。

ぱっと目を開ければ、相変わらずの汚い部屋。頭上で鳴り響く耳障りな音。時計を持ち上げて目の前に見てみると、デジタル数字が出勤時間より十分経過していることを知らせていて。まあつまり、どれだけ難しい言葉を使っても遅刻という言い回し以外思いつかない状況だった。

だからといって深刻には思わない。いつも通りに支度して、いつも通りに家を出ればよいだけ。コンビニで打刻して、仕事をいつも通りにやればよい。

なのに森田はグダグダとオレに付きまとって文句を並べる始末。ただでさえ大きくてしわにまみれて脂ぎった顔がより大きくなって迫ってきて、不快指数を振り切った声とつばを飛ばしてくる。制服についたつばが服を溶かすという気味の悪い想像。悪寒が体中の毛穴という毛穴を突き破ろうと暴れまわった。なんて気色悪い。

いい加減学習知能とかないの、と首元に言葉をこすりつけて、だからお前は大学にも入れないでろくに仕事もできないんだよ、とつばを背中につけてくる。働くニートだな、唾液はしゃがんで陳列を整理しているオレの頭上に降ってくる。

このオーナーをかたる醜い生き物はどうやら仕事をしている人を前に罵声を並べるのが仕事だと思っているらしい。ああ、邪魔だ、背中越しに感じる気味悪い感覚。ブヨブヨした生温かい壁が迫っていると思うと、うげえ。少し横にずれるだけなのにやたら窮屈に感じた。

お客様ご来店のチャイムが鳴って、途端に背後の圧迫感が消えた。視界が急に明るくなった気がする。だけれど耳に入るのは脂っぽいジジイの媚びを売るいらっしゃいませー、という尻上がり。目と背中は解放されたのに、耳はいまだ嫌悪に付きまとわれていた。

だが耳をふさぎたくて仕方ない状況が一変、おかしなことになってしまう。だって、「今日からお世話になります」なんて、客が気持ち悪い店員に言うセリフではないじゃないか。媚びた声はよりネバネバした感じになって、あーよく来てくれたねー、なんて言葉が陳列棚の向こうから聞こえてきて、さらには、じゃあこっちに来てくれるかなー、なんて甘えるような感じ。若い女の声と脂ぎった感じの声、そしてどこかへと誘い出す展開。レイプとか援交とか、とりあえず頭に浮かぶものは犯罪ばかり。

店内にはオレだけ。戸の閉まる音がしたからバックルームに行ったのだろうし、現にこもった声がかすかに漏れていた。しかし、あの声はなんだったのだ? 何がしたいのだ? あの男に声をかけるとはどれだけ命知らずな女だよ。もしくは無知な女。バカな女。バイト求人誌だとか店のガラスに張ってある文面を読んでないのか? 読めばどれだけブラックか分かるだろうに。仕事ができる人募集、なんて頭の悪いうたい文句。そんな意味不明な言葉を平気な顔して、むしろ自慢げに人に感想を求めるようなヤツがオーナーをしている店にどうして雇われようと? 頭トチ狂ってるんじゃね?

まあしかし、変なやつがオーナーをバックルームに持って行ってくれたおかげで、オレはスムーズに業務をすすめることができるわけだ。これだけはありがたく感謝しなければ。圧迫感のない中で棚のメンテナンスをして、ここ最近では一番早いだろうペースでメンテナンスを終えて、次は商品の廃棄下げ。特におにぎりやサンドウィッチの『オフィスで朝食』需要があるだろうけれども、駅から大分離れたこのコンビニでそのようなものを買ってゆく人は少ないわけで、商品がなくなっている状況はまずなし。つまりは大量の廃棄しなければならない商品が店内にあるということ。在庫がなくなっているとしてもツナマヨがときどき、な感じだし、弁当にはほとんど手がついていない模様。幕の内弁当、からあげ弁当、焼き鮭弁当、とんかつ弁当、ペペロンチーノ、カルボナーラ、ペスカトーレ――入力する必要がないから楽っちゃあ楽だけれども、こんなに売れないのに存続しているのが奇妙に思える。あの森田は人だけではなく、閉店という悪までもを遠ざけるだけの加齢臭がするのか、なるほど。

無事に廃棄物の山をさばき終えて、次は発注。空っぽの棚を商品で埋めなければならないのがマニュアル。この儲けのない店に商品という金を捨てているという会社の考え方が分からん。どこかで必ず本部に有利になるような仕組みになっているのだろうが、それでもあの森田オーナーのために金が使われていると思うとなんだかむしゃくしゃしてくる。もっと金が必要な人がいるだろうに。かわいそう。

最新のタブレットとはだいぶかけ離れた分厚くて重たい端末を首にかけて、無駄になった弁当たちの補充人員を招集。端末にそれぞれの人数を画面タッチで指定してゆく。幕の内は五人必要で、とんかつは六人、鮭は一人で。

ほかの作業に比べて格段にペースが落ちるこの作業。だって端末が重い。手では支えているものの、首にかけたベルトへほとんどの重みがかかっていて、首が痛いのなんのって。一冊の単行本ぐらいの厚さにちょっとした液晶テレビぐらいの大きさで、重さは二リットルのペットボトル入り段ボールぐらいでつまり約十二キロ、という具合。それでいていかにも古臭い灰色の色合い、荒い画面。反応の悪いタッチパネルに何度も指を叩きつけてオレに従わせる。サラスパの入力をしたいのに反応しないで、何の気まぐれか関係のない画面に移動した瞬間には端末を投げ飛ばしてやろうかと思った。

戸の開く音がした。どうせ出てくるのはコトを済ませたオーナーだろう。ソレの様子なんざどうでもよいし、目が合えば何かしら小言が漏れるのは分かりきっている。あえて文句を言われるよう仕向ける人なんていないだろ? オレはパンの発注に忙しい、わざわざ嫌な言葉のために時間を費やしたくない。

どうやら森田は彼女にレジスターの使い方を説明しているらしい。レジの打ち方から始まって、それからほかのタバコとか宅配便の受付とか、店の中の端末と連動したサービスの仕方など。一から十まで、サルでも分かる説明だった。ばれないようにちらっとその姿を盗み見てみれば、体が触れているんじゃないかと思うほど近づいて指導。あれはセクハラだろうに。なのにその女は平然と、ハイ! ハイ! とテキパキとした返事。店中に聞こえるほどの大きさで、何を考えてそこまではきはきと答えているのか――

あ、そっか、鈍いのか。鈍いのか! 

文面からにじみ出る臭さとブラックさに気づかないほど鈍感な人間がいるのが驚きである。それでいて何の抵抗もなくアレの言葉を受け入れているとは。心底信じられないのが、あのサラダ油を塗ったゴキブリのような顔を目と鼻の先にして平然としているところだ。触ればテカテカとした何かが手につきそうなのに、どうしてニコニコとレジスター教習に向き合える? あの距離だとなんか変な臭いがでているのに、どうして――そう、ヤツはときどき鼻につくような臭いを発する。始まりはアンモニアのような刺激、中ほどは脂が酸化した感じ、それが弱くなったと思えばたちまち主張する汗臭さ。この連続がオーナー臭である。加えて加齢臭。

発注作業を終えて、新鮮野菜十二種のサラダを前に一つ息をこぼした。とりあえず次はホットスナックの仕込みをしておこう、から揚げ串、フランクフルト、コロッケ。しばらくレジはあの仲睦まじくふるまっている連中に任せればいい。

カウンターに入って臭いの後ろを抜け、横の調理スペースに移動。フライヤーの電源を

入れて油を温める。まずはフライドポテトを調理しよう。保温器を通り際にちらっと確かめたところ二個減っていて。どこかの物好きがこのコンビニで買っていったらしい。おそらく通勤どきに。もちろんフライドポテトについて物好きとしているのではないのは分かると思う。

ビニール袋詰めのフライドポテトを冷凍庫からひっぱりだしているところで、横から声がかかった。律儀に挨拶をしてきた。町田というらしい。今どきの高校生らしく派手な茶髪の縦ロール。お嬢様的な雰囲気を髪は発しているけれど、こんな職場をアルバイトに選んでしまっている時点で世間知らずな感じがして、でもそれはそれで理に適っているように思えた。でもしゃべり口はそういった富裕層を感じさせるものではなく。いかにも何でも自分でやらなければ気がすまなそうな目をしていた。

「先輩はどれぐらいこの仕事なさってるんですか?」

「まあ長いね」

「長いんですか。どこかの学生なんですか? 高校からずっと、みたいな?」

「いや、フリーター」

「あ、そうでしたか。うーんと、ミュージシャン目指してたりします?」

「そういうのは目指してない」

町田は調子をどんどん弱めて、しまいには消えそうな声で「あ、すみません」。別に意識してはいないけれども、オレの言葉には人を攻撃する力があるらしい。きっと優しい言葉をかけても、ほかの人にとっては攻撃に。一般人には使いどころの難しいスキルだけれども、基本的におしゃべり人間ではないので、このスキルはオレにとって案外役に立つ。

カウンターと調理場のちょうど境目のところで下を見ている町田。あからさまに感情を表に出すタイプでもあるらしい。どこかの青春モノの主人公にまるっきし同じような女がいた気がするが、そんなことはどうでもよい。というのも、どこかで会った気がするため。どうも初対面には思えないところがある。遠くからだとそんな感じは全然しなかったけれども、距離一メートルまで近づいてみるとむしろそんな感じしかしない。急に湧き上がる親近感。なんだろう、どこかで見た覚えもあるし聞いた覚えもあるし、どうしてか、オレはその人の手の柔らかさを知っている気がする。

顔に何かついてますか、と聞き覚えのある声に尋ねられてはっとした。フライヤーのスイッチを入れながら何もないと慌てて答えたが、それだけの言葉にどもってしまう始末。何をテンパっているんだ、オレ。今まで町田という女を知らなかったのに、どうしてここまで動揺している? 

おかしな戸惑いに追い打ちをかける町田。あの、という声を発するだけでなんだか緊張する。次の言葉を期待しているのか? あの時のどこそこで会いましたよね、とか、昔ご近所でよく遊んでましたよね、なんていう『記憶にないほど疎遠だった幼馴染登場ルート』を期待しているのか? 全くのバカじゃないか! しかし次の言葉が「お聞きしたいのですが」でバカな想像が実際につながりそうな予感。

で、最後の言葉――オーナーが先輩からは何も教わるな、と言っていたのですが、どういうことですか?

予想以上の質問。奇妙な動揺やら戸惑いやらその他もろもろまでをぶっとばして、いつも以上のゲンナリした気分に。キーワードはオーナー。頭にちょっとでもアレの情報が入れば、どんな状況でも中の回路が憂鬱になる。沸騰したお湯にさし水をすることがあるが、アレはもっと激しく、お湯を氷にしてしまうぐらい。

「アレとオレは敵同士なんだ」

「それは何かのたとえですか?」

「やることがあるだろう、それをやったらどうだ」

フライヤーのカゴに冷凍フライドポテトをそそいで油の中に沈めた。町田のおかげで余計気分が憂鬱に。油の中で泡をぶくぶく出すポテトたちも、どうもけだるそうに見える。

<<モドル||ススム>>