にの、にの?

Since 2009

とっぷぅあばうと小説あり□ 同人誤字脱字案内メール

オリジナル作品

夢うつつ

「文体の破壊」を表現コンセプトとして、表現テーマを「夢と現実の混同」にした本作。
どうやらいろいろやりすぎたようです。
2011年作品

なお、本作はデジタル端末で読みやすく加工したePUB版があります。
詳しくは同人ページまで

連載

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この 作品 は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利 - 継承 3.0 非移植 ライセンスの下に提供されています。

長くて退屈な仕事の最後は賞味期限チェックだった。賞味期限だとか消費期限のある商品を片っ端からチェックして、廃棄しなければならない商品を機械的にはじいてゆき、それから浅いプラスティックカゴに入れてまとめておく。多くは弁当類で、菓子類が入るのは少ない。その中で晩飯として食べたいものを目で探しながらの作業であるから、決して嫌なわけではない。品定めにちょっと余計なことがくっついただけ。

ただし、この時間になると別の欲求に苦しめられるようになるのだった。はじめは何ともないのに、強烈な眠気が襲うようになる。だから品定めも戦い。ちょっとでも気を緩めればそのまま床に倒れて森田オーナーの不快な顔に起こされなければならなくなってしまう。

ふらつきながら、あたかも酔ったような千鳥足で帰途についた。腹は減っていたから新発売のおにぎりとサラダパスタを食べ、けれどもほかのことをする気にはなれなかった。とにかく眠たい。布団に体を押し込んで、朝と同じように枕に顔をうずめた。

ふっと消える意識。

はっと目を覚ませば疲れや眠気はなくなっていて、通りの道を歩いていた。カチャカチャうるさいと思えば、刺突剣が揺れている。外にはさまざまな服が闊歩している。オレと同じようにラフな恰好をして歩き回る人もいれば、いかにも遠くから来た、といった風貌の――しっかりとした板鎧を着こんだ剣士。鎧の金属がこすれる音が騒がしくて。歩いている人だけではない。商人らしき女が走らせるホロのついていない馬車と警備団のホロつき馬車とが道をすれ違った。かと思えば最近はやりの自転車をこいで道を激走する迷惑な輩も。

喫茶店は野菜商店の隣にある、黒っぽい外観の建物だった。戸を開ければ軽やかな鈴のさえずりが耳に入ってくる。まだ喫茶店に入るには早い時間帯だから客はおらず。奥でティーカップを横にケーキをほおばっている一人をのぞいて。

ミーミャンはパステル調の軽やかな色合いに体を包み、紫芋のケーキを口に運んでいた。オレが店に入ってきたというのに目を向けさえせず、目の前の甘みに夢中らしい。満面の笑みを浮かべてフォークについた紫色のクリームをなめて、それからカップの中身をすくいあげて。ミーミャンの好みはアルモンドのお茶にスライスしたカボスが一切れ。今日も同じお茶を注文したのだろう。

おまたせ、と声をかけてようやくミーミャンはオレの姿に気づいた。二股のフォークを振って、おはよーなんて声を上げて。至極マイペース。フォークを振り上げたままカウンターの方へ体をひねり、同じものを注文する。

さて何を話すのだろう、と思っていたら、ミーミャンはおもむろに冊子をテーブルに並べ始めた。一部を手に取って、自転車が欲しいの、なんて口にして。一方の手を隅に添えて、表紙から一枚一枚、手早くめくってゆく。にしても、速すぎる。めくるペースが速すぎてなにがなんだかさっぱり分からない。全体的に左上のスペース、ミーミャンの手の下に赤色だの青色だの黒色だの色があったのはおぼろげながら目に残っているのの、それだけ。ほかにもこまごまとした説明があったろうに、それをすっ飛ばしている。

そのカタログのみならず、同じことを六つのカタログでするものだから、余計に分からなくなった。頭に残っているのは『何かがあった』という点のみ。カタログの意味がなく、意味があるとすれば、ミーミャンの関心の強さを表す一つの指標という点において。よっぽど自転車が欲しいらしい。

「で、ミーが欲しいのはなんさ」

「これ!」

「この赤くてハンドルが座るところの真下についてるやつ?」

「そう、かっこよくない?」

「いや、そうは思わないけれど」

座るところはなかなか低い高さにあって、自転車を漕ぐペダルと同じぐらいの高さで、ハンドルはイスの舌から水牛の角みたいに飛び出していた。ソファにもたれかかるように座って、寝そべるに近い恰好で漕ぐ。名前は舌をかんでしまいそうなものだった。

奇抜だとは思えるけれど、しかしかっこいいとは思えない。ミーミャンはいつもそうだが、真新しくて人が目を向けていないものにいたく興味を示す。好奇心が強いのはよいことではあるけれど、問題なのは、その――飽きっぽさ。興味がわくのも早いけれど、それと同じぐらい、それ以上にさめるのが早い。この前なんかそばがきにはまって、毎日三食うちに来てそばがきを作って、けれども二週間で見向きもせず。そば粉の袋が二つ、オレの部屋にまだ残っている。

紫芋のタルトとお茶が運ばれてきたため、カタログを横にどけた。四分の一のスペースにカップとケーキがギュウギュウづめになって、ケーキの皿が三分の一ほどはみ出していた。それだけテーブルは狭かったし、カタログは大きかった。

カウンターへ戻ってゆく店主の背中を見送ってからケーキに手を付けようと思ったときに、ふとカタログの表紙を飾る自転車の姿に目を奪われた。三角形のフレームにただタイヤとハンドル、ブレーキをつけただけの構造。ゴチャゴチャしたものは一切ついていない、きわめてシンプルな容姿。頭に残っているミーミャン一押しのソレと比べてみても、圧倒的にすっきりしていた。当然、寝そべるタイプの自転車ではなく。

「それがきになるの?」

「うん、まあ。買うとするならこれぐらいシンプルなものがいいかなって。ゴチャゴチャしてるとめんどくさそうだし」

「でもどこにでもあるよね、そういうの。だったら私はこれがいいんじゃないかなって思うんだけれど」

「変なのじゃないだろうな」

「全然変じゃないよ、おもしろいんだよ」

ケーキを一切れ口に放りつつもどんなものを勧めるのかとミーミャンの指先をじっと見つめた。ページの隅っこを少しだけめくってゆくところを見ると、どうやらオレに買わせようと考えていた自転車があるらしい。いちいち確認しなくてもそのページにたどり着けるのだから。嫌な予感。ミーミャンのセンスだ、なんとなく見当がつく、多分へんてこりんで前衛的な品物に違いない。たとえば、異様にタイヤと骨組みのバランスが悪かったり、やたら大きかったり、とにかく見たことがないような。

けれど、『思ったより』は奇抜な自転車ではなかった。座る部分には背もたれがついていて、ハンドルが異様に長く伸びていた。アメリカンスタイルのバイクをそのまま自転車にしてしまった、あるいは暴走族が改造した安っぽいバイクをより洗練させた、そのような形の自転車。

ミーミャンは自転車の写真を指さしながら、満面の笑みで、これどう? とオレの言葉を期待している。望んでいる通りの受け答えをすれば喜びはするだろうけれども、これ以上ミーミャンのセンスが進化するのも困りものである。というかすでに進化しすぎていて、だからどうにか退化さて並のセンスにしてもらいたい。頼むから。

却下、と一言して、オレはケーキに手を出した。口の中に広がるのは紫芋の心がほんわか温まるような優しい甘さ。綿菓子みたいにとろけるクリームの舌触りも心地よいマイクロビーズのクッションみたいで、柔らか。

ミーミャンが最後の一切れをフォークに刺しながら不満そうな声をあげる。『そうな』声である、声の調子には抗議とかいうとげとげしさは感じられないし、そもそも表情が怒っていない。目の据わった殺気は漂っていないし、それに近いオーラを発しているわけでもなかった。

「リョウちゃんは遊びが足りないんだよ、いっつも機能のないものばっかり選んで」

「そういうミーは無駄が多い。全部の機能を使いこなせるのか分からないのにそれを選ぶし、それにすぐ飽きるし」

「使いこなせてるし、飽きないよ」

「じゃあ吹き矢はどうなんだ? あれは四日でやめちゃったけれど」

「あれはだってマトがなくなっちゃったし」

「結局マトを買い足さなかったんだから、飽きたんでしょ」

「そのときはお金がなかったの」

そんな会話が半日以上続いた。日も傾きかけた頃になってようやく、ミーミャンは本来の目的を思い出して、三つ目のケーキ――かぼちゃのタルトだった――を平らげて腰を持ち上げた。それでいてお茶代は全てオレ持ちになるのだから腑に落ちない。

自転車を売る店は通りの一番端に店を構えていた。最近出来上がったのをにおわせる真新しい匂いときれいな外観。木材ではなくて丸太そのままを積み上げて壁としているところが周りの建物とは一線を画す雰囲気を醸し出していた。通りに面したところは壁がなく開放的で、わざとらしく自転車が並んでいた。それでいて買ってくれ買ってくれと尻を振って誘ってくる。そりゃそうだ、店主は自転車を売りたい一心。けれども場所が悪い、通りの隅っこに店を構えたってその店の前を通る人がいない。自転車が欲しい人しか来ない、ミーミャンのように。

ほらほらこれだよ見て見て。町の隅っこの目立つログハウスで大声を出す女が一人。真っ赤な寝そべり自転車のそばにしゃがみ込んで、キャッキャと楽しそうだった。一体何があの子の感性に触れたのかよく分からないけれども、歯車が幾重もサンドウィッチになっている部分をじっと見つめていた。店主がトコトコやってきて、それが変速機なるものだと教えれば、へえ、と感心。

すさまじい食いつきっぷりに店員も笑みを浮かべて――オレにはその熱中ぶりに対して苦笑しているように見えた。試乗はいかがですか、という声にニカーッと笑って、ハイ! 店主の表情がより一層強くなった。

ミーミャンが奇妙奇天烈な、リカンベントと店主が呼ぶ自転車に寝そべれば、それだけで満足そうな顔だった。座席の下にあるハンドルを握りしめて、動かすだけで感嘆の声をあげて。ハンドルの動きに合わせて前輪が動くのがいたく感動的だったらしい。後輪より一回り小さい前輪がヒョコヒョコ向きを変える様子を身を乗り出して見つめた。

「すごいよ動くよ動くよ」

「ハンドルと一緒に前輪が動かなきゃ事故だわな」

「でもなんか面白い」

「面白い、のか?」

「だってハンドルとタイヤが離れてるのに一緒に動くんだよ」

「ミーが座ってるからだよ。こっちからなら仕組みが丸見え」

「どうなってるの?」

「金属の棒でハンドルの動きを連動させてる」

「そうなんだー」

ミーミャンはバカになったようにハンドルを切りまくり、前輪をツイストさせて地面に何度もこすりつけた。タイヤのゴムが削れてゆくのを店主は黙って眺めているだけだった。ほかの人が止めてあげなければ止まれない、いや、ほかの人が止めてあげて止まるかどうか分からないのがミーミャン。そういった限度を超えた無邪気さがオレにはたまらないのだが、一方で際限なしなのが最大の欠点でもある。

子供っぽいミーミャンがベルを鳴らした。一回だけではなく、何度も、ハンドルを切るたび。リン、リン、リン、リンリンリンリン。いよいよ店主の表情が怪訝になってきて、ミーミャンの顔つきはより楽しげに。リンリンリンリン。リンリン、リン、ピー、リン。なんだか音がおかしい。リン、ピー、ピー、リン、ピーピーピーピー。

ピピピピ。

目を覚ませばオレは掛け布団を巻きこんでうつぶせになって、騒がしい電波時計を見つめていた。喉が枕に圧迫されて息苦しい、おそらくは時計のビープ音ではなく息のしづらさがオレを起こさせたのだろう。時計で起きられるとは思えない。

脳天を叩いてうっとおしい声を出せなくして、それから目の前に引き寄せた。時間はすでに家を出なければならない時間。ああ、遅刻フラグ確定。時計を投げ捨てて布団から脱出して、あたりを見回して服を捜索。ええと、まずはジーンズが確か、布団の足元のあたり。それからシャツは、どこに――あった、しょうゆのしみがあるが構わず。そして靴下と、上着は――

いつもと変わらないグダグダ展開で服を身につけて、家を出たときには勤務時間の四十秒前ぐらい。最初から遅刻はどうしようもない事実だから、それが一分の遅れになろうと十分の遅れになろうとどちらも同じ結末である。焦ったって変わらないのだから、焦ったところ労力の無駄。ようは諦めが肝心。

店で打刻をしたところ、四分の遅刻だった。グダグダなわりにはよい成績ではなかろうか。店頭に出るための制服を着るのには三分かかった。これは平常通りの成績。ファスナーをしめてから一度、あくびをするのもいつも通りだった。

バックルームからレジカウンターに登場するなり、レジに立つ森田オーナーと目があってしまった。森田の目は探し求めていた獲物を見つけたようにカッと開いて、目の奥にくすぶっているのは、文句を吐きだせることへの喜び。また面倒なことに、と思った途端に。

「お前、遅刻」

どうしてお前みたいな人間を雇わなければならない? うちのバイト求人に誰も応募してこないのはお前の工作か? 新しい子が来ればお前なんか用なしなのにな。

立て続けに文句を並べられた上にレジに入るよう命令を突き付けてくるのはオーナーの森田だった。どうも、新しくバイトが来ないのはオーナーの人格的問題が紹介文からにじみ出ているからであるのに気づいてはいないらしい。「役に立つ人募集」って言葉で応募する人間がいるならぜひとも見てみたい。

オーナーがバックルームの戸を閉めて、店内がぐわっと広くなった。人格的問題だけじゃない、その肉体の威圧感さえ文章から臭うに違いない。汗臭さと加齢臭と整髪料の臭いをグチャグチャに練り上げたカオスの臭さ。うーわっ。鼻の曲がった魔女のグヘヘヘと笑う姿が似合う臭い。おぞましい。

時間的にも誰も店に来る人がいない。暇で暇で仕方がなかったので、ケータイをいじくる。とりわけ見ておきたいこともないしゲームも入ってないしメールはメルマガばかりだし着信はあるわけがないし。でもこれ以上暇をつぶすのに適したツールがないのもまた事実。ケータイの狭い液晶からネットの世界に飛び込んで、面白そうなネタを見つけるのである。ああそう、最近のガラケーだとかスマートフォンは大画面が主流だけれど、当然オレに買い替えるだけの金的余裕なんてない。五シーズンか六シーズン前のブツで、かすれ傷とかで見てくれはぼろぼろ、節々には埃がつまっている。

珍しく客が来たから、マニュアル通りのあいさつ。らーしゃっせー。主婦らしき恰好のオバサンがこちらをちらっと見てカゴを取りあげた。色あせてのびきった服は内なる肉ではちきれんばかりに膨れあがっていて、歩くたびに波打って。水みたいに揺れる者だから、ウォーターベットにしてみたら気持ちよさそうかもしれないと想像してみるが、しょせんは肉塊、無謀な挑戦だった。ただぶよぶよしたC級品のボンレスハムしか思い描けず。空想の世界でさえ寝そべるのをためらった。

ハムオバサンはやたらアイスをカゴに放りこんでいた。トチ狂ったように何個もガリガリ君を捕獲して、それから雪見だいふく。ガリガリ君の二倍もの量を買い占めるせいで、冷凍庫に残る雪見だいふくがごくわずかに。カゴの半分がアイスで埋め尽くされてようやく冷凍庫から離れた。かと思えば隣のお菓子の棚に引き寄せられて、ポテトチップスでアイスたちにふたをした。だからそんなにボールみたいになるんだよ。

ブヨブヨをひどく揺らしながらレジカウンターに迫ってきたので、手のおもちゃになっていたケータイを募金箱の裏に置いた。マニュアル通りの応対。会計。途中でケータイがバイブしたけれども、どうせメルマガだから気にしない。たちまち嫌そうな顔をしたけれども、脂肪で目つきがもともと悪かったから対して変わらなかった。クシャクシャになった樋口一葉を置いてお釣りをふんどると、アイスで張りつめたレジ袋を揺らして帰っていった。圧迫感はオーナーといい勝負をしているが、生理的嫌悪についてはオーナーには遠く及ばない。あの男はなにせオレの中では殿堂入りなのだから。

威圧感が消え去ると、店内の温度がストンと下がったように感じられた。はじめはボンレスハムの威圧感がそうさせていたのだと思っていたけれども、アイスの冷凍庫に残ったガリガリ君を眺めていたら、単純にその巨体から放つ熱であるのに気づいた。なんて初歩的な答え、どうやったら威圧感から熱が生まれるんだよ。

店内にオレだけ、という状況が続いた。おもむろに外を見れば、お向かいの家に植わっている木の緑ときどき黄色がゆったりと揺れていた。だがそれだけ。変化のない退屈な時間。またケータイをまさぐろうかと思ったところで、視界がぐらつく。頭がボーっとして。まぶたが急に下へひっぱられるような。盛大にあくびがでて、気づいたら手の甲で口を隠していた。

うわ、眠い。レジカウンターでハムの会計をしたのが信じられないぐらいの激しい睡魔だった。カウンターに手をついて崩れそうになる体を支える。ケータイをもてあそぶ余裕なんてない。ケータイに手を伸ばそうものなら、支柱を失った胴体がホットスナックの保温器に突っ込んでガラスまみれになってしまう。どれだけの額が給料から差し引かれるか!

ぐらぐらする視界と眠気がじわりじわりとその波を引いた。支えなしで立てるようになったが、まだ頭はボーっとしているし、まぶたは十キロの鉄アレイをそれぞれ三本ぐらいぶら下げたように重たかった。

<<モドル||ススム>>