にの、にの?

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とっぷぅあばうと小説あり□ 同人誤字脱字案内メール

オリジナル作品

マル

ここ最近の作品の中では一番芳しくない成績を残した作品。
せめてもの供養にここに公開します。
たぶん2010年作品

連載

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この 作品 は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利 - 継承 3.0 非移植 ライセンスの下に提供されています。

マサキはサークルの練習が終わってからリョウコに電話をかけるつもりだった。右隣に座ってライフル銃を愛でているルミには昨日の件は内緒にしていた。たがいに気分のよいものではないから、マサキは緩衝材になろうとした。

ルミは朝九時であるにもかかわらず陽気だった。鼻歌まじりの彼女は、競技用ゴーグルをしたまま、その音にあわせて銃を布切れで磨いた。マサキが部室にやってきたときにはルミは既に射撃をしていたので、いい結果を出せたのだろう。

たずねてみたら、その通りだった。

「いやあ、プレートでついに満点とったんだ。ムーバーもかなりよくて」

「もしかしてタイミング悪かった? 俺が入ったときちょうどムーバーやってたじゃん」

「うん、アレのおかげで三発外した」

「ああ、やっぱり。それは悪かった」

「でもプレートで満点はうれしいよ」

「ライフルのプレートは難しいよね。的小さいし、後半は一発でも外したら競技終了だし」

ルミの笑みにはエアガン襲撃の痕跡はどこにもなかった。いつも通りの、むしろいつも以上にニコニコしていた。ニヒイ、と声をもらしたかと思えば、銃をケースにおき、布切れもケースの隅っこに投げた。ちょっとだけ腰をうかべて、ルミの手はパイプイスをつかんだ。なにをするのかとマサキは眺めていたところ、ずるずると横にずれて、イスを落とした。わずかばかりの耳障りな音の後、パイプイスのきしむ音が聞こえた。彼女の胸と肩と顔が、マサキのそばにあった。

ルミはマサキに向かって一度にやついて、それから体を傾けて、肩をマサキのとぴったりつけた。右肩に、じんわりと温かみがしみこんできて、彼女の肌が心地よかった。

「やっぱりこうしてるのがいちばんおちつく」

「どうしたの」

「本当はね、ずっとビクビクしたてんだ。また撃たれるんじゃないかって不安で怖くて、なんでもない道なのに心臓バクバクで。昨日なんか一歩も外にでてないからね」

「やっぱり気にしてたんだね、襲われたこと」

「だって、どこかから撃たれるかもしれないと思ったら、なにもできなくて」

部室の丸いドアノブがキュイキュイと鳴った。ナミが扉に目を向けて、マサキはルミの後頭部に目を向けた。誰かが入ってくる。活動開始時間まであと二十分ぐらいの頃あいだったから、部員でとなると、時間に厳しい一年ののっぽしか考えつかなかった。

カチ、とあく音がした。間をおかずして、ドアがあたかも蹴り飛ばされたかのように激しく開け放たれた。壁にドアがぶつかりうまれた音は人の体さえも震えさせるほどだった。本当に蹴り飛ばしたらしく、戸の下のあたりに足跡がついていた。明らかに、部員とは違う登場の仕方だった。

開かれた戸口に立っているのはリョウコだった。よれよれのカットソーにホットパンツといういで立ちで、左手には小さなバッグを提げていた。それだけならよいものの、右手には黒いなにかをつかんでいた。リョウコは黒いなにかを向けてきた。丸い穴、手に包まれたグリップ、簡素な照準器。一瞬で黒いものの特徴をとらえたマサキは銃だとすぐに分かったけれど、それだけだった。

バアアアアアアアアアアア―銃がガスで動作する音がけたたましくあたりを包みこんだ。すさまじい連射音の怒涛の中、丸い穴から放たれた白いBB弾は、ルミをめがけて襲いかかってゆく。弾幕はルミの顔に集中していた。何十発というプラスチックのかたまりが、間髪を容れずナミの顔をぶった。いくつかの流れ弾が、マサキのほおや額にも命中した。

リョウコの手にあるガス式マシンピストルがおとなしくなった。六十発という装弾数をたった二秒で撃ち尽くしてしまった。弾が全て発射されて残っていないのに、リョウコは何度か引き金を引いた。それから、あたかもひもで操作しているかのように、ニターっとほほ笑んでみせた。もはや病的といえるような笑顔だった。

りょん、マサキは反射的に叫んだ。どうしてサイト管理人の名を口にしたかは分からなかった。しかし、その音を耳にして、リョウコの不気味な笑みが青ざめた。みるみる間に白くなってゆく中、二歩後ずさりして、逃げるように走っていってしまった。

マサキの家のベッドで、ルミは縮こまっていた。幸いゴーグルをしていたから目にけがを負うコトはなかったものの、顔じゅうが被弾で赤くなってしまった。ルミとリョウコとの間は三メートルもなかったので、BB弾はかなりの強さをもって顔を痛めつけたのだろう。たとえマサキのエアガンに対する知識が彼女より乏しいとはいえど、あの銃声を聞くだけでかなり強力な銃であるとマサキにも分かった。

ずっとルミは押し黙っていた。目のまわりはしきりにこすったがために赤くなって、銃で撃たれた跡の赤と遜色なかった。これでもだいぶ落ち着いた方で、ごく数分前まではずっと泣いていた。部室では茫然自失で、マサキがけがを確かめているうちに泣きだして、マサキの家までの道ではずっとマサキに抱えられながらむせび泣いていた。

マサキはネットブラウジングをやめて、ユニットバスにこもった。ルミの充血した目がずっと追跡してきていたが、かわいそうに思いながらも、その目にこたえるコトはしなかった。ケータイを取り出すなり、履歴からリョウコの電話番号をみつけだしダイヤルする。耳越しにリョウコの声を待つのだが、耳に語りかけてくるのは女性のアナウンスメントだった。電源が入っていないか圏外かのいずれかだといって、伝言を受けつける。マサキは、連絡をしてほしい、と伝えてきった。五つ目の伝言だった。五つとも同じセリフだった。

ユニットバスの戸を閉めて、ルミに目をやると、頭をやや反らすようにして鼻をすすって、ヨレヨレの襟をつかんでいた。ルミの視線がか弱い。自身の感じているいらだちに加えて、マサキもルミの悲しみに染まっていった。

マサキはルミのもとへと歩いている間、パソコンを気にした。画面いっぱいのブラウザに表示されているのは、データのないコトを表す404という数字だった。アドレスバーにはリょんのホームページのURLが並んでいた。その人が吐き出していた表現は全て、サーバーから削除されてしまっていた。りょんの世界が終わってしまったのである。

ルミのそばにたどり着いたマサキは自分の名を呼ぶか細い声をきいた。マサキは考える間もなく、気がついたら彼女を乱暴に抱きしめていた。おかしいぐらいに体が熱をもっていて、いまにも焼けただれてしまいそうだった。耳元で、ルミの震えた声が、どうしてリョウコが、とささやいた。

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