にの、にの?

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とっぷぅあばうと小説あり□ 同人誤字脱字案内メール

オリジナル作品

マル

ここ最近の作品の中では一番芳しくない成績を残した作品。
せめてもの供養にここに公開します。
たぶん2010年作品

連載

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この 作品 は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利 - 継承 3.0 非移植 ライセンスの下に提供されています。

疲れたといって、マサキは自宅に帰った。ルミは自分の部屋で寝ててもよいと帰す気はさらさらなかったようだったが、ひとりになりたかったのでその申し出を断った。だがルミはどういうわけだかマサキを離そうとはせず、ぐだぐだが長引き、終電での帰途となった。

マサキは折りたたみ式の机を立て、その上にパソコンをすえた。電源ケーブルをつなぎ、電源を入れて、それからマグカップをエンターキーの横に置いた。折りたたみのパイプイスに腰掛け、マサキは腕を組んだ。

秋葉原にいたのはまちがいなくリョウコだった。彼女に一卵性の双子がいるわけではない。世の中には瓜二つの人物ドッペルゲンガーがいるものというが、そんな空想を信じるわけにもいかない。確かに、デートしているまさにそのとき、秋葉原にはリョウコがいたのである。

マサキはマグカップの取っ手に人さし指を通し、中の黒い液を揺らした。白い湯気がほんのりとのぼっていた。口元に寄せて、半分ほどを流しこめば、舌に苦みがかけぬけた。頭のごちゃごちゃした感覚が薄れてゆき、たちまち働きはじめた。

潤滑油を得た頭は二つのリョウコを思い浮かべた。一つはカレー屋の窓におさまっていたリョウコ。もう一つは、通りを歩いていたリョウコ。二つのリョウコが同じ服装だったか照らし合わせてみる―同じ。髪の毛は―同じ。

アクティブなマサキは、しかし、同じはずである二つの像がうまく重なりあっていないような気がした。二人の像がもつそれぞれのパーツは全く一致するものの、それでも違う。オーラというべきか、彼女の体からにじみでているなにか空気的なものが、ぴったりかみ合わない。窓の中にいたリョウコには特になんともないのだが、通りにいた彼女は明らかに異様だった。オーラを色であらわすことができるならば、まさしく真っ黒、あらゆる色彩を失った感があった。

見かけただけでも変なのに、見かけたそれぞれがまるで別人のよう、というのはもっと変だ。変どころではなく本当に別人だったとするのが自然に思えてしまうほどだった。しかし確かにあの髪の傷み具合や顔つきはリョウコでまちがいなかった。

なにを見ていたのか、どうして見ていたのか、ふとリョウコ似の目に考えが移った。カレー屋では、マサキははっきりと彼女のまなざしが自身に突き刺さっていると感じていた。しかしそれは席と外までの距離があったために気のせいかもしれなかった。しかし雑踏での目については〝気のせい〟では片づけられなかった。あかさらまに、これでもかというぐらい、わざとらしくその視線を注いできたのだ。

リョウコの姿を思いかえしている間に、ブラウザ画面でりょんのホームページが表示された。更新履歴によれば、創作と日記コーナーで更新した。まずダイアリーのリンクボタンをクリックすれば、買い物にいったことを伝えるたあいもない記事があった。画像がのせてあって、ごちゃごちゃした街並みがうつされていた。街並みに封じこめられた空気が秋葉原のそれだった。見覚えのある光景だったものの、どこだったかまでは思いだせなかった。

マサキは創作コーナーに入った。〝NEW〟のポップアップが点滅しているのは二つの作品だった。タイトルの後ろに二重山かっこで囲んであるカテゴリを見れば、《詩》とあった。

しかしそれぞれを読んだマサキは詩とは違う力をその作品に感じた。そもそも、りょんというハンドルネームが普段書く作品とは別ベクトルだった。片想いの心境だとかささやかな発見をつづった淡いものをネタにした表現がりょんのベクトルにもかかわらず、二つの詩は攻撃的で、激しかった。詩というよりも、殴り書きのような印象だった。

どうしてあの女は! あたしだって好きなのに

友情をこわしたくないからあたしは 我慢していたんだ

あたしの目がなくなったからって あの女はでしゃばりやがった!

卑怯ね いやらしい女よ

だからあたしは撃ってやったんだ 心の銃でなんども その姿がなくなるまで!

印象どころではない。まさしくキーボードをなぐっている。けたたましいキーボードをたたく音とともに、りょんは女を撃ち抜いた。キーボード連打で女をけなしたおした。

もう一つの創作にいたっては、より強烈なものとなっていた。おそらく撃ち抜いた女と同じなのだろう、その人物のうつっている写メをケータイから探しては消去し、卒業アルバムにその姿を見つければカッターできりきざんだ、とあった。写真のアルバムから女を見つけては燃やし、燃えかすをボールペンの頭ですりつぶした。

感情をあらわにするというよりも行動を描くことに終始しているポエムだが、行動だけでも恨みつらみがにじみでていた。直接行動にうってでたのだから。よっぽど〝女〟にいやな思いをさせられたのか。

淡い思いを表現する人が突然激しくなるとは、いったいどのようないやなコトをされたのだろう。片想いの気持ちをうたいあげるような心をもつ人が、人を罵倒する表現をするとは思えなかった。些細な変化にも注意を向けられるような人が、人をけなす文章を書いたその先を見通すことができないわけがない。人が傷つくコトぐらい分かるだろうに、りょんはあえてそうした。耐えられなかったのか、わざと傷つけるよう仕向けたか。

液晶画面の右下にポップアップが現れた。メールクライアントが新着メールを知らせており、件名は無題で、差出人はリョウコのパソコンからだった。画面をブラウザからクライアントに切り替えて、受信ボックスの太字となっている《無題》をクリックする。右下の部分に本文が浮かびあがった。その広さに反して、たったひと文の疑問文、〝マルリのコトは決まった?〟

後ろめたさや気がかりを感じようのない短い文章だった。リョウコはマルリに前向きではないだろう、そう勝手に思いこんでいたコトをマサキはようやく認めた。次回主催者に催促じみたコトをするのだから、やるつもりではいるようだ。

まだ決めていないコトを返信したと同時に返事が戻ってきた。まるでマサキが返信する前に送信したかのようだった。内容もマサキの返信を見なくても書ける内容で、〝決まってないならカラオケがやりたい。できるだけ早く、今週中にも〟だった。

週末に急きょ開催されたマルリは、母校の近くにあるカラオケボックスでのカラオケになった。使い慣れているところでもあり、日中フリータイムが安いコトもあって、場所についてはすぐ決まった。

リョウコが男性グループの曲を歌っていた。ヒップホップの曲調にリズムに乗って、リョウコは頭を少しばかり揺らしていた。歌詞が途切れる度にマイクを太ももの上に置くようなそぶりをして、歌詞がはじまる直前に口もとへと運んだ。手はマイクをしっかりと持ち、小指もその黒い胴体にはりつけていた。

マルリとしての集まりで、ただむやみにずっとカラオケをするわけがない。カラオケの採点機能を使って、七十五点を下回ったら罰ゲームを受けるというレギュレーションをマルリで、実質マサキとルミ二人の申し合わせでつけ加えた。罰ゲームというのは、ドリンクバーにあるいくつもの飲みものをまぜたものを飲むといったもので、なんどもやっていることだった。

リズムよく打たれるパーカッションの音がマサキの耳には心地よかった。ドラムに加わるエレクトリックな音が華やかな輝きと体にしみる味わいを残してゆく。重なるリョウコの声が時々音を外した。

わずかに外した音が命取りだったか、採点結果を目の当たりにしたリョウコはまん丸の目をマサキに向けて、それからリョウコに。これから起こるある意味恐ろしいコトを分かっているだけあって、訴える目が切実だった。とんでもない配合をしないよう訴える目に、マサキは表情を変えなかったけれど、ルミはマッドサイエンティストさながらの笑みを浮かべていた。

「なにをベースにする?」

「いや、できれば普通にしてほしいんだけど」

「それはルール違反だよー、三つか四つは混ぜないと」

「一番ヤな罰ゲームなのよね」

「それじゃ、私が配合してあげるねー」

ナミがリョウコのコップをひったくって部屋を足早にでていった。カラオケの画面にでている曲はナミが入れたもので、よりによって前奏なしでいきなり歌詞が入るものだった。前奏がありさえすればその間に戻ってこられるだろうに、そうできる間もない。すでに画面のでている歌詞が左側から染まりつつあった。だからといってなにか対処しようとするつもりは―一時停止したり取り消したりするつもりはマサキにもリョウコにもなかった。

リョウコと二人っきりになるという状況がなんだか気まずかった。チラチラとリョウコの顔色をうかがおうとするもおそるおそるだった。薄暗い部屋であるから余計に表情が分からなかった。それでもリョウコの高い鼻は存在感があった。

気まずさが気持ち悪かった。リョウコの目がテーブルの歌本を見下ろしていた。ペラペラと歌を探すわけでもなくめくるリョウコは、目がとてもつまらなそうだった。口に笑みが宿っているわけもなく、カラオケボックスの薄暗い中でもはっきりと分かるぐらいに不快を訴えていた。帰りたいと乞うているのでは、と思った。マサキがそう思っていたら、リョウコの口がゆっくりと開いた。

「うちの大学だと恋愛できそうにないよ」

「リョウコのところだって同じ文系じゃん。恋愛するために来てるような連中もいるんじゃないか?」

「そんな軽いのはヤダ。うちのとこだと、軽いヤツか、昔の小説に書いた本人が想定してもないコトを見いだすのに幸福感を見いだすようなヤツしかいないよ。その、さ、マサキみたいなタイプ、うちにはいないよ」

「オレみたいなタイプってどんなタイプ?」

「どんなっていわれても、感覚としては分かるんだけど、言葉にするとなると」

「リョウコはサークルには入ってないの?」

「はじめのうちはダンスサークルに入ってたけれど、いろいろとおもしろくなくてやめちゃった。それからはどこにも」

「どこかしら入ればいいのに。それか新しく立ち上げるとか。ぐんと人のつながりが増えるんだから、つきあいたいって思える人も一人や二人できるもんでしょ」

リョウコはあいまいな返事をして、孤独にも演奏をつづけるカラオケに顔を背けた。メロディは二番目のサビにさしかかって、しかし画面に移される映像は盛り上がりに欠ける地味な女のたたずみだった。

「いっそ、マサキたちのいる大学にしておけばよかったな」

「リョウコの大学ならハイレベルなコトできるじゃん。うちなんかせいぜい文学関係の授業で毎回ジェンダー問題をやるぐらいだよ、飽きるぐらいにね」

「それは認めるけど、でも、アカデミックなだけ。もっと人間じみたものがないの、その、バカらしい雰囲気。いっつもピリピリしてて、ただいるだけで疲れるんだ」

「マルリでその疲れをとればいいんじゃないかな。オレらはマルリ。この集まりだったらどんなバカなこともできるし、ピリピリなんてしない」

「でも」

「たとえ付きあっていても、この集まりになればマルリなんだ、それ以外のなにものでもない」

カラオケが間奏を奏ではじめた。ギターらしき音が小鳥にさえずりのように細かく音符を並べてゆく。だがそれを遮るのが戸の開け閉めだった。ルミが手にしているコップには、とてもじゃないが飲みものといえる色とは程遠い、まるで絵の具の筆をあらったあとの水だった。その液の上には茶色っぽい色合いの泡がブクブクとたっていて、なくなるけはいがしなかった。コップの中のみならず、外側にも、ただならぬ残骸のしたたりが見られた。リョウコに目を向ければ、あぜんとした目を大きく見ひらいていた。

「ルミお手製のカオスドリンクでーす」

「うわ、見るからに危険そう」

「マサキには次につくってあげるから、配合はバッチリ頭の中に入ってるよ」

「そんなの頭に入れるな」

「これだけじゃないよ、ほかにもたくさん」

「あのなー、ほかのコトに頭使おうぜ」

「だって楽しいじゃん、はいこれ」

ルミはリョウコの隣ではなく、マサキの隣にいったん腰を下ろした。そうしてからもう一度腰を浮かせて、ついにソレをリョウコ前のテーブルに置いた。コップについた残骸が面をつたい、テーブルにこぼれおちた。マサキとルミの会話は途切れて、二つの視線がリョウコにビームしていた。

リョウコはコップに手をのばさなかった。右手は右太ももの上で、左手は右手首の上だった。コップを見つめる目は気まずいときに見たそれとおなじだった。どんなまずい飲みものかを想像して恐れている表情とは程遠い。むしろ飲みもののコトは眼中にないかのようだった。

バックでカラオケが最後のサビに入った。ベースやギター、ドラムの音が激しくリョウコをけしかける。飲んでしまえ、いさぎよく飲んでしまえ! あのカップルの前でもだえるがよい! リョウコ以外は、音さえも明るい調子だったのである。

リョウコがコップをつかんだ。胸の前まで持ちあげて、そこで右手をそえた。しかしなお口に運ぶコトはせず、つまらなそうな目で茶色いブクブクを眺めていた。細かな泡がいくつかつぶれて、リョウコは二人のいる方に顔をやった。

厳密には二人の方ではなかった。マサキはリョウコの強い視線を目にひしひしと感じたのだった。寸分狂わず目と目があって、なにか訴えたそうだった。だがつまらなそうな表情でリョウコはじいっと見つめてくるばかりだった。文句をいわず、また、楽しげな要素もなかった。

しばらく視線を重ねたままでいたら、リョウコは突然狂ったようにコップの中身をがぶ飲みした。ひとり歓声をあげる背後の女。マサキは彼女の変貌ぶりに言葉がでなかった。

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