にの、にの?

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とっぷぅあばうと小説あり□ 同人誤字脱字案内メール

オリジナル作品

マル

ここ最近の作品の中では一番芳しくない成績を残した作品。
せめてもの供養にここに公開します。
たぶん2010年作品

連載

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この 作品 は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利 - 継承 3.0 非移植 ライセンスの下に提供されています。

文学史の試験は上々だった。レポート提出でもいいのではないかと内心思いながらも、写実主義の位置づけについてダラダラ書いて、試験開始から三十分で教室をでた。まあ単位が取れるほどの回答ができたろうとマサキは踏んでいた。教室をでるときにチラッとルミの姿を見やったところ、すっかり猫背になって解答用紙に迫っていた。どうやら苦戦しているらしい。レポート作成試験に持ち込み不可、しかも出題内容は知らされないなんて鬼教授としかいいようがないといったところか。まわりを見れば、マサキの座っていた席以外に空いているところはなかった。

さて帰ろうかというときに、ルミがメールで勝負をしようといいだした。理由は分からないが、とにかくマサキと勝負を、試合をしたいというのだった。

ルミが主宰するサークルの部室はサークル棟三階の大きな部屋だった。サークルに入っている人数が十三人に対しては広すぎるぐらいだろう。しかし、ルミがつくったサークルには、この広さがあってもぎりぎりだった。

部室内の射撃場。ルミとマサキは十メートル先にあるムーバーというターゲットを前にスタンバイ姿勢をとっていた。おおよそ三○×六〇ミリメートル大のターゲットは、一〇メートル離れるとかなり小さかった。

手に持つのは、両方ともボルトアクションのライフルだった。マサキがもっているのが黒を基調としているシンプルな、悪くいえばよくある見た目の猟銃のようなライフルである。対して、ルミがもっているのは、銀色の輝きがまぶしい、肩にあてて安定させる部分―ストックのひねり具合や傾き具合が調整できる、いかにも競技仕様といったライフルだった。ただ、どちらにも、スコープと呼ばれる光学照準器がついていないことだった。

部室内にビープ音が突如響いた。ムーバーの的が左から右へと動きはじめた。たちまち構えるふたり。ターゲットが止まることはなく、しかも案外と早い。ルミは動作中のターゲットを撃ち抜き、ムーバー装置についているLEDが光った。マサキも必死に的を追って発射するが、端にいたってビープ音。パシュという音とともに発射されたBB弾は、むなしくもターゲットの左側に抜けた。壁にぶつかって、床に落ちて、乾いた音数回。

エアスポーツガンを使った精密射撃競技APSがこのサークルの活動である。ライフルとピストルの二部門があり、それぞれ三種類の標的を射撃し、合計ポイントを競うものだ。そのうちライフル部門特有のムーバーターゲットは、競技の中でただ一つ動くターゲットをねらうため、難易度が高い。

ルミに誘われてはじめたマサキには対応できるだけの実力はなく、規定二十発のうち半分も当てられなかった。そもそもライフルではなくピストルをやっているわけだから、当然の結果といえばそういえるし、前向きにとらえられれば、八発もあてられたのだからよいじゃないか、となる。

マサキはしゃがみこんで、足もとの記録用紙にバツと印をつけた。そうしてから移動するのは隅に置かれた長テーブルだった。長テーブルは二つをくっ付けて、かなり細長いテーブルとしていた。

ライフルをガンケースの中におさめてから、マサキはパイプイスに腰を下ろした。対岸にはルミが座るだろうパイプイスで、横で彼女はBB弾を銃から取り除いている最中だった。

「でも、その銃新しいよね。買ったの?」

「そうだよ。いやあ、ストックの部分が自分好みに微調整できるってきいたら、ライフル使いにはたまらないでしょ。それでお金貯めて買ったんだ。十万ちょっとは遠い道だったよ」

「だから急に勝負だなんて」

「早く撃ってみたくてうずうずしたんだ」

「色もすごいな。シルバーとブラックのツートーンカラーだし、全体的にSFチック」

「でも逆に調整が難しいんだよね、たくさんいじれる場所があるから。これからしばらくは調整だね」

席についたナミは、記録用紙の得点を計算しだした。マサキも計算しなければならないのだが、ナミの採点に目を奪われていた。ライフルを中心に取り組んでいるナミの得点はさすがだった。アーチェリーの的のような円形ターゲットを射撃するブルズアイ競技では百点中八十七点、横に並べられたターゲット八つを順に射撃するプレート競技では六十点中四十点、ムーバー競技では四十点中三十二点。合計百五十九点というのは、全国大会で上位に入れるだろう好成績だ。

すごい、とひと言してから、マサキはようやく自分の得点を計算しだした。マルをつけたところをペンで指さし、バツをとばして、得点をだしてゆく。ブルズアイ七十二点、プレート二十四点、ムーバー十二点、合計は百八点だった。まあまあとはいえるが、マサキには不満が残る結果だった。

結果どう? とルミが身をのりだしてきた。それぞれの競技の得点を指さしで確かめて、最後の合計に指をさしたときは、やった、とつぶやいた。

「私の勝ちだね」

「勝てるわけないよ。オレはピストルだぞ。ライフルなんか最初にルミに触らせてもらってから以来だぞ」

「じゃ、私が勝ったんだから、デートでなにかおごってね」

「え、そういうコト? きいてないよ」

「いいじゃないの、この勝負を受けた時点で、マサキがおごることは決定してたの」

「勝っても、負けても、ってコト」

「そーゆーコト」

ルミは背もたれに体を反らせて、腕をうんとのばした。口からもれる声はどこかエロティックで、マサキは見づらくて視線を外した。たまたま、その先に時計があって、三コマ目の時間が終わろうとしていた。

ルミはおもむろに立ちあがって、壁ぎわの棚に足を進めた。一角にある書類コーナーから細長い用紙を取り出した。射撃日時、ライフルかピストルか、競技ごとの得点と合計得点、本人と審判役の署名を書く欄があった。それがサークル内ランキング用の登録用紙だった。月ごとのランキング成績をだすのが決まりゴトなのである。

頭上にチャイムがとんだ。チャイムといっても鐘がなっているような音ではなく、テレビ番組のオープニングのような音楽だった。

時計を確かめるルミは、マサキの前にある黒いケースを指さした。やらないの、とたずねれば、マサキはケースを開ける。黒い銃が入っていた。

「いや、ルミは大丈夫なの? 時計を気にしてたけれど」

「これからは特に用事ないよ。私もライフルの調整したいし」

「じゃあ、俺もちょっと触っておこうかな」

マサキはケースの中の銃を取り出した。シンプルにしていかつい、いかにもスポーツ銃といった風貌だった。

黒い銃こそ、マサキがようやく買った競技用ピストルだった。ピストルなのだが、ボルトアクションというライフルのようなBB弾装填システムをもつピストルだ。競技用として認定されている専用銃としては一番安いもので、その額およそ一万七千円。

一時間ほどの練習の間、ひたすらに銃の調整をつづけて、最後にはまた一試合をした。そのせいでマサキは頭がボーっとしている感覚だった。秋葉原まで移動する間は、ルミが話しかけてくれなかったら寝てしまうだろう程の状態だった。

しかしそれも電車の中までのコト。秋葉原の喧騒につつまれるやいなや、マサキの目はすっかりさめて、左右をうめるごちゃごちゃした光景に目をなぐられるのだ。

まずは用事のあるエアガンショップに立ち寄った。そこで備品としてのBB弾と私用としてのBB弾を買った。エアガンというと男の遊びで、エアガンショップというと男のたまり場のような印象で、マサキとルミはエアガン大好きマサキにいやいやついてきた女の子ルミといった第一印象だったろう。しかしたちまち商品を前にしたときのルミはマサキ以上にテンションが上がっていた。集弾性をよくするパーツなどを見るルミはまるで洋服をウィンドウショッピングしている女の子のような輝かしい目をしていた。たちまち第一印象はねじれ、銃大好きな女とそれにつきそう男、という構図になるのだった。実際、どれがそれまでルミを興奮させるのか、マサキは全然分かっていない。

しかしエアガンショップさえでてしまえば、よくあるデートに様変わりした。家電量販店をはしごして家電やパソコン、ケータイを見てまわり、晩ごはんにはおいしいとウワサのカレー屋に立ち寄った。店の奥側に案内されてからチキンカレーとキーマカレーを注文した。日本とは違うスパイスまみれの味付けに戸惑っていたが、舌が慣れた後半になると、すっかりやみつきだった。

さいしょはいまいちだと思ったけれどハマる味ね、とルミがナンをちぎっていた。ひと口大のそれをカレーにつけており、マサキはほほえましく眺めていた。手はのそのそとナンをちぎっていた。

三つのテーブルをはさんで、窓が通りの様子を切りとっていた。ふとマサキが目を雑踏に向けたところ、灰色じみた赤の他人の雑踏の中、鮮やかな色合いの髪の毛が見えた気がした。ライトブラウンの髪、西洋人のようなすらっとした高い鼻、見おぼえのある目じりや輪郭― 

「どうしたの? ボーッとしてたよ?」

「え、あ、いや、なんでもない。ちょっと疲れたのかな」

「早いよマサキ。これからがデートの本番だってのに」

「ルミはこれからなにがしたいんだい」

「ええと、考えてない」

「考えてないって、おいおい。本番っていうんだから考えてたんじゃないのかい」

「だってアキバは最初のショップ以外知らないもの。アレかな、メイド喫茶なんかは?」

「あれは男女で入るものじゃないと思うぞ」

窓の向こう側で、リョウコに似た人がこのカレー店の看板を見上げていた。それから路上にあるメニューを書いた看板を見下ろした。中を覗きこんだ。マサキは目があってしまったような気がして、すかさず視線をカレーに落とした。異様な熱がほおにわきあがり、鼓動が激しくなった。おそるおそる視線をあげると、考えているらしいルミの奥で、リョウコ似はこちらに向いていた。まるで凝視するような強い視線をマサキは意識しつつ、ルミを見つめた。

「んー、じゃあオタクショップ」

「ん、ええと、アニメばっか集めたような店のコト、かな」

「うん、それそれ。アキバ、っていうとそんなイメージしかなくて。家電とエアガンとオタク」

「だったら歩きまわってアキバがどんな街が探ってみる?」

「それもいいね」

ルミが再びカレーを口に運んだ。何度かかみ砕いてからあふれだす笑み。マサキもにんまりと笑ってみせるが、その裏腹、目にしている光景のコントラストにヒヤヒヤしていた。まだあの目が立っている。

マサキの笑みが次第になくなってゆく。考えすぎだ、といいきかせた。そのようなコトは勝手な思い込みで、彼女は全く別のものを目にしているのではないか。だが、彼がリョウコの行動を全て知っているわけではない。この状況を見られたとすれば、マルリの関係はもっと悪くなるような気がした。とにかく、リョウコ似のまなざしがひどく恐ろしかった。

「やっぱ疲れてるんじゃない、また暗い顔して」

「ごめん、ちゃんと寝たはずなんだけれどな。練習の射撃がこたえてるのかも」

「もしかして、デートつまらない?」

「まさか。ルミと一緒にいるんだから」

「そんなこといっちゃって」

ルミのはにかみ笑いはマサキには愛らしいものだったけれども、背中の向こうにある存在のせいで素直に笑えなかった。ムリヤリ笑ってはみたものの、ぎこちなかったし、笑っていて気持ちが悪かった。ついにルミがけげんな顔をして、体調についてたずねてきた。大丈夫と答えても、体調悪いんじゃない? とくりかえしたずねてきた。

ようやく窓から背中が動きはじめた。右向け右をして、競歩しているかのような素早さで歩き去ってゆく。人ごみに消えるのはあっという間だった。リョウコ似がいなくなって、マサキの中のぐちゃぐちゃした気持ちも立ち去ったらしかった、気持ち悪い感覚がなくなって、素直に楽しい気分になってきた。

「それじゃ、ご飯食べてからは歩きまわってみよう。どこかでオタクショップがあればそこに寄って」

「本当に大丈夫? だめだったら素直に帰ろうよ」

「ううん、大丈夫だから。オレがどんだけ頑丈か、ルミだったら分かるだろ」

「そりゃあイヤなくらい分かってるけれど、なんかヘンだもん、なんか抜けがらとしゃべってるみたい」

「抜けがらとはひどい」

「抜けがらが一番しっくりくるよ。うんうん、きっと私が話しかけてないと抜けがらまでどこかに飛んでいって帰ってこれないよ」

「なにその訳分かんないたとえ話」

マサキは笑ってナンをちぎった。今度は自然な笑顔だ。ルミもマサキに合わせるかのように笑みを浮かべる。ルミの手が紙ナプキンをもんでいた。いつの間にかルミはたべ終わってしまって、マサキがたべ終わるのを待っていた。

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