にの、にの?

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とっぷぅあばうと小説あり□ 同人誤字脱字案内メール

オリジナル作品

マル

ここ最近の作品の中では一番芳しくない成績を残した作品。
せめてもの供養にここに公開します。
たぶん2010年作品

連載

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この 作品 は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利 - 継承 3.0 非移植 ライセンスの下に提供されています。

メールは、いきたいところがあるからつきあってほしい、という文面だった。リョウコがそのようなコトをいうのははじめてだったので驚いたものの、マサキはOKをだした。だが、お昼前に集合しようとしているところ、どこへゆくつもりなのかさっぱり分からないのが素直な感想だった。どこかのレジャースポットなら移動のコトを考えてもっとはやくしてもよいだろう。十一時集合というのは中途半端だった。

そんなリョウコの計画のもと、マサキが到着したのはあの大型ショッピングセンターの、もう一店あるビュッフェバイキングだった。二人が来たときには三組が既に列をなしていて、二人はその四組目となった。

「前来た時に目つけてたんだ。チョコの噴水はないけど、こっちの方がいいなーって思ってね」

「ならルミも一緒に誘えばいいのに。やっぱ気まずいの?」

「まあ、うん」

「気にしなくたっていいのに。マルリはマルリなんだから」

「そうなんだけれど、あたいの中の問題だから」

「にしても、リョウコから誘いがあるとは思わなかったな」

「マルリとしてなんども主催してるけど?」

「こうやってリョウコが、いきたい、だなんて。マルリは持ち回りでやってるじゃん」

「そんなことないよ」

リョウコのはにかんだ表情もまた見慣れないものだった。マサキにずっと向けていた顔を通路の中央に逸らしてにやついた。背中があっという間に丸まって左手が右手の親指をつかんだ。こんな表情をするのか、と新しい発見だった。

店員が先頭の客に声をかけ、すると次々と客が立ちあがって、マサキの方へと波が押し寄せてきた。二人も波となって店内へと流れこんだ。マサキはふと後ろを見てみたら、十人ほどの人がいつの間にか続いていた。

受けつけの段階で少々つっかえた感じはあったものの、それ以外はスムーズで、料理が並ぶブース傍のテーブルに腰を落ち着けることができた。かと思えばリョウコはさっそく料理をとりに慌ただしく席を立った。リョウコの向かう先は大きなサラダコーナー。前におとずれたところの倍はあった。リョウコがいきたいという最大の理由だと、簡単に想像がついた。

マサキも料理をとって戻ってきたら、シーザーサラダとコブサラダを皿の半分ずつ、山のようにもったリョウコが待っていた。またお肉ばっかり、と毒づかれ、またサラダばっかり、といいかえした。

「ほら、ここあんなにサラダあるんだよ。名前のあるサラダだけじゃなくて、野菜もたくさんあって、ドレッシングもたくさん。サラダじゃないけど、野菜たっぷりの料理も」

「リョウコのための場所、って感じだな。でも、ベジタリアン、ってわけじゃないんだろ? 最近野菜を食べてるリョウコしか見てない気がする」

「お肉だって食べるけど、そんな多くないよ。野菜が八で、お肉は二あればいいかなって」

「たぶん最近のコトを考えると、野菜が九・九で、肉は〇・一もないんじゃないか?」

「それはいいすぎだよ」

リョウコはケラケラ笑いながらレタスにフォークを刺した。大げさにあごを動かしてムシャムシャほおばり、ほおの向こうがわからレタスのみずみずしい音が聞こえた。十回かそこら手早くかみ砕いて、うなずくようにして胃に落とした。

対してマサキはグラタンをろくに噛まずに食べていた。

「なあリョウコ、俺を誘った理由がなにかあるんじゃないのか? きっとルミを誘った方がいろいろ盛りあがるだろうに」

「マサキと話がしたかったというか、もちろんこれ食べるのにひとりじゃちょっとキツイってのもあるよ」

「ひとりでサラダをむさぼる姿はあまり見たくないな」

「そんなひどい言葉を使わないでよ。その、ルミとはちょっと会いたくないというか、二人っきりでいられる自信がなくて」

リョウコもまたさりげなくひどい言葉を使っていた。会いたくないなんて。つきあっているカップルと一緒にいるのが気まずいからといって、それはいいすぎというものである。きまりが悪い、というよりも嫌いといったニュアンスが強いように感じられた。これには考えすぎだとマサキは思ったけれども、高校三年間から今にいたるまでずっと仲良くしてきたのだから、どうして? という感覚になるのだった。

マサキが料理の半分しか手をつけていない中、リョウコは大量のサラダを平らげて、新しいサラダを求めて席を立った。ここのサラダおいしい、と口にしてサラダコーナーへ向かうリョウコ。マサキが見たリョウコの表情が、ひさびさに明るくて、心から楽しんでいる様子だった。また新しい発見だった。

今度は皿いっぱいにサラダがのせられていた。野菜の上には金色のドレッシングがかかっていた。緑に赤に黄色に金色、店でつくったサラダよりも色鮮やかだった。

「会いたくないってのは、前からずっとそう思ってた?」

「そうじゃないけれど」

「じゃあつきあってるコトを知ってから」

「この話はやめよう。お互いにいやになるだけ」

「じゃあ、話がしたいってのはどんなコト」

「つきあってるのか、ってコト」

「結局似たようなもんじゃないか」

だって、とリョウコは串刺しのブロッコリーを持ちあげながら口をとがらせた。続けて言葉が飛んでくると思ったら、ブロッコリーを口に入れて、でてくるだろう言葉を封じでしまった。大げさにかみ砕いてゆくリョウコ。マサキはその様子をずっと見つめていた。

「さりげなくきいたのはきいたけど、はっきりときいてはないんだもの」

「あのなあ、きいたんだったらそれでいいじゃん」

「ちゃんときいておきたいの。で、つきあってるの?」

「んああ、つきあってるよ」

「いつから」

「いつから、というか、いつの間にかそんな状況に、っていった方がいいかな。あるときに〝好きー?〟〝うん好きー〟って、こんな感じ」

「なんでそんな適当なのよ」

リョウコはマサキめがけてフォークに刺さったアスパラガスをふりまわしてきた。アスパラのとがったところが槍先のようにマサキを威嚇していた。だがそれよりもマサキをビビらせたのがリョウコの顔つきだった。まるで非難するような目の鋭さ、わずかに波うつ眉間、明らかに不満タラタラだ。だが、どこに不満なのか、さっぱり分からなかった。

そもそもルミは適当すぎる、とリョウコが話しはじめた。まわりのコトを考えないだの、後先考えないで行動するだとか、リョウコの早口具合といったらもうマシンガンも驚きの弾幕だった。記すにはあまりにも量が多くてかなわないコトであるが、その弾幕のどこをとっても、ルミに対する悪口だった。度の過ぎた、マサキへの間接的な侮辱ともいえるような言葉たちだった。

「なあリョウコ、お前が話したいコトってのはこんなコトなのか」

「マサキはつきあってるんでしょ? あたいのいってるコトが分からないでもないでしょ」

「それでもいいすぎだ。これ以上ナミを悪くいうなら黙っちゃいられない。だから、もう話すな。このネタは終わりにしてくれ」

マサキはフォークを置いて腕を組んだ。ほとんど食べつくされたサラダに目を落としつつ、体の奥底から怒りが迫ってきているのを感じていた。どうしてルミのカレシを前にそのようなコトを並べることができるのか分からなかった。

「やっぱりマサキはルミが好きなんだね」

「なあ、なにを企んでるんだ?」

「ルミの方が、いいんだね」

「〝方が〟ってなんだよ」

「だって、ルミが好きなんでしょ。ルミの方が好きで、つきあってるんでしょ」

リョウコの言葉がしっくりとこなかった。言葉が足りない。リョウコははたして誰をルミと比べているのか、マサキの頭の中にはどの顔も浮かんでこなかった。

言葉だけじゃない。あれだけ鋭い目をしてルミをけなしまくったリョウコが、たちまちしなしなと小さくなってしまったのだ。フォークにはアスパラが刺さったまま皿においてしまって、うつむいた顔には威勢のよさもない。口からでる言葉も弱かった。頭の回転が止まる、としてもそれらしい言葉だが、それよりも、頭がショートしてしまったとするのが正しいかもしなかった。

ねえ、とか細い声とともに、リョウコが顔をあげた。

「ルミとあたいって、どう違うの?」

「ずいぶん難しいコトをきくんだな」

「ルミはだって、ずぼらで適当で気づかいする気なんてさらさらないし、やんちゃでどっちかっていうと男の子って感じだし、趣味なんかがっつり男だし」

「そういうところはあるけれど」

「あたいはもっと気づかいできるし、身の回りのコトはきちんとするし、もっとおとなしくて女の子らしいけれど、サラダの食べっぷりだけは例外としても、ルミに比べればいいところだらけなのに」

マサキの頭がようやく動きだした。誰とルミを比べているのかも分かった。静かにリョウコの言葉に耳を傾けながらも驚いている。そのようなそぶりはどこにもなかった。この席ではじめて、そのコトをさとった。ルミの大ざっぱな挙動の中にもある色目にさえ気づけるのだから、リョウコがもしひきつけようとする目をしていたのならば分かっているはずだ。だのに今までそのような感じはしなかった。だから色目は使ってきてはいない。

マサキは半ば呆然としてリョウコを見つめた。リョウコはずっと下を向いたまま、言葉を発した。

「あたいには魅力ないのかな」

「いや、リョウコはリョウコで十分魅力的だよ。絶対に好きになってくれる人がいるって」

「でもマサキはルミがいいんでしょ?」

「それは俺の気持ちの問題だよ。俺はルミが好き。リョウコは親友。俺らはマルリ」

リョウコがテーブルにひじをついて頭を抱える様子を目の当たりにしても、マサキはどうしようもなかった。彼女の気持ちの大きさを知って、うれしい気持ちというよりも戸惑いの方が大きいのである。どうして急にいいだしたのか、それも二人の恋愛を知ってから。その上、大きな気持ちはひしひしと伝わってくるのに、リョウコが直接口に出さないコトも、マサキを戸惑わせる一因だった。

「ナミがいなくなってくれればいいのに」

「そんな縁起の悪いコトをいうな」

「でも、そうすれば、マサキはあたいに」

「いい加減やめてくれ」

マサキは身をのりだしてリョウコに迫った。強い息を伴った声。マサキはついに耐えられなくなった。リョウコの言葉がついにナミを否定した。ナミを消してしまえばよいなんていう考え方、いったいどこから湧いて出てくるのか不思議でたまらなく、また、そのような考えにいたるリョウコが許せなかった。

「たとえ前から知ってる人であるとしても、ナミを侮辱するのは許せない。これ以上そういうコトを口にしてみろ。俺はなにをするか、全く知らないからな」

マサキの脅しに、リョウコはなにも答えなかった。

リョウコはそれっきり黙ったままだった。ひたすらサラダをむさぼってはおかわりに席をたち、うずたかい白磁の皿の山をつくった。一方、マサキは、最初のひと皿は平らげるコトができたが、二皿目は、あまりにもまずくて口にも入らなかった。まわりからは楽しそうな会話の声が、皿にぶつかるフォークの甲高い音にさえぎられながらも、ひっきりなしに聞こえてきた。

葬式の席から脱してからも、リョウコと言葉を交わすコトはほとんどなかった。リョウコがお金を出して、それからマサキが割り勘分を渡して、そのときの、〝割り勘いくら?〟が唯一のまともな言葉だった。大型ショッピングセンターの中にいるにもかかわらず、ビュッフェバイキングの前で別れてしまった。マサキは積もり積もったフラストレーションのために帰る気さえもおきず、ショッピングセンターの中をふらふらさまよって気分転換してからの帰途だった。別れたあと、リョウコがなにをしていたかは分からないし、知りたくもなかった。

イライラ発散のためといってもいいような大量のお菓子のつまった袋を手にして帰ったマサキは真っ先にテレビリモコンに手をのばした。つけてみれば、夕方のニュース番組も後半にさしかかろうとしていた。

五分程度のヘッドラインを見て、マサキはお菓子のクッキーをかじりながらパソコンに向かった。別段なんらかの意図があるわけでもないが、とりあえずパソコンをつければなにかイライラを紛らわせる方法があるだろうと思った。

クッキーを五枚胃に放りこんでいたら、いつしかりょんのホームページにアクセスしていた。ブラウザを出したらとりあえずりょんのページ、というのが習慣として身についてしまっていたらしかった。あっ、と思ったのだが、ほかに心当たりのあるサイトもないので、六枚目に手をのばしながらものぞき見るコトにした。

クッキーをくわえたマサキは、ホームページのおかしなことに気づいた。履歴が全部消えていて、プロフィールだとか作品とか、項目が全部どこかにいってしまった。あるのはホームページの名前と、その下に続くゴシック体の行ばかりだった。右はじのスクロールボタンがそれなりに小さいから、ゴシック体はそれなりの大作といったところか。

しかしたちまち読みはじめてみれば、マサキのクッキーを食べる口が止まった。〝山積みの皿 まだつきぬ思慕〟という一節からはじまったその詩は、短い行の積み重ねで形づくられていた。目線の高さまで積み上がった白い皿にまつわる行が続いて一つの連となし、連が変わればたちまち回想の詩行がはじまった。

とある女と男たちの出会いを描いた連、たくさんの人々の中で形作られたとあるグループについての連、仲良しグループがカラオケに行く連、ファミレスでだべる連、それからしばらくはそのグループについて書いた行が並んだ。フォントをわざと大きくしたり小さくしたり、画面上の配置をずらしてみたり等といったコトはなく、淡々と言葉が置かれていた。

第十六連を数えたときになって、行に不穏な言葉が並ぶようになった。グループの一人に疑いを投げかけて、とことん疑いぬいて、恨みに変わってゆく。次の連にうつればたちまちののしりの嵐となって、〝殺してやる〟〝撃ってやる〟〝消してやる〟といった言葉が淡々としたゴシック体に表現されていた。連が変われば〝ナントカしてやる〟という意志が実際の行動になった。待ち伏せをして、〝女を撃った〟。銃口を向けられた女の表情といったらたまらない、と。

女の顔を描写する連が続き、だが最後の連となると、急に最初の連にあった山積みの皿がでてきて、皿の向こうにいる男に視線がうつった。〝つきぬ思慕を 否定された哀れな人/ならばいっそ 傷跡を残そう/あきらめがつくように〟という言葉で締めくくられた。

マサキはじっと最後の行に目をやっていたが、目をこすって、左手でクッキーをつまみあげて、席からたった。芳しい丸を口へ運びながら、ベランダのある窓へと小股で歩いた。

マサキには、書かれている詩に心当たりがあった―山積みの皿。まずいバイキングで目にした、サラダをのせていた皿だ。デジャヴという言葉では片づけることができないほどの、鮮明なものだった。

口にくわえたまま、マサキはクッキーを折った。外はまだ真っ暗というわけではなく、夜空に雲の姿がはっきりと見えた。まるで油絵の具で塗りつけたような、重い雰囲気の雲だった。

マサキは口に残ったかけらをかみ砕きながら、リョウコのふさぎこんだ顔を思いだした。サイトの人が書いたようなコトを、リョウコもサラダに食らいつきながら考えていたのだろうか。そう考えていたら、リョウコに申し訳ない気持ちになった。その気持ちをくみ取ってから断ればよかった、と。あれではまるでルミを選んでリョウコを蹴りとばしてしまったようなものだ。

いますぐに連絡を取るべきか、マサキはポケットに浮かびあがるケータイのふくらみに手をそえた。でも、リョウコの感情がまだ落ち着いていないような気がしてやめた。明日になれば落ち着いているだろうから、するとしたら明日、と決めて残りのクッキーを口に放った。

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