にの、にの?

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とっぷぅあばうと小説あり□ 同人誤字脱字案内メール

オリジナル作品

マル

ここ最近の作品の中では一番芳しくない成績を残した作品。
せめてもの供養にここに公開します。
たぶん2010年作品

連載

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この 作品 は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利 - 継承 3.0 非移植 ライセンスの下に提供されています。

ルミの悪ふざけは神がかっていた。ルミが人目を気にせず混ぜてくる飲み物は、それぞれはおいしものであるはずなのに、たがいがけんかしてよいところを全て殺してしまっていた。あまり大きな反応をしないリョウコと、酒が入っているかのようにオーバーなリアクションをとるマサキ。ではルミはどうかというと、カラオケで九十点以上しかたたきださないという、マサキは分かっていたものの、それはそれで神がかった状態だった。

フリータイムで部屋に入って四時間。マルリの一行、特にルミ以外は飽きつつあった。新たに悪ふざけのチャンスを待つルミを見ているマサキは、なによりもリョウコを気にかけていた。しきりにチラチラとうかがってみれば、彼女は左手側でルミの作品を口にしていた。だが、まずい、だとか、うわあ、などという反応がなくなってしまっていた。ただ無表情に泥水をすすっていた。ますますリョウコは暗くなっていた。気がふれたかのようにテンションの高いルミは全く気づいていないようだった。

このようなとき、主催者としての立場は便利だ。マサキはルミが次の曲を入れようとしたところで終わりにした。歌い足りなくて不満たらたらのルミは無視して、リョウコのためにカラオケボックスをあとにしたのだった。

マサキは次にどこかのファミレスに会場を移そうと考えていた。サラダ好きのリョウコの機嫌をとるためにもサラダバーのあるファミレスで、リョウコ中心の話題で盛りあがろうと企てていた。にもかかわらずそれが徒労に終わってしまった。というのはリョウコが帰るといいだしたからだった。

「えー、まだまだ陽が高いよ。帰るなんてもったいない」

「なんだか気分が悪くて、熱っぽいというか」

「まさか私の奇跡ドリンクのせい?」

「ううん、あの飲みもののせいじゃないと思うよ。いろいろあって疲れてるのもあるから、それがここにきてどっときたんだよ」

「ならルミのカオスにあたったんだろう。うん、もう夏休みなんだからゆっくり休みな。それで、元気になったらまたの機会に」

「うん、そうしよう」

リョウコはマサキに視線を送ったまま二歩、あとずさりした。それから右手をふってバイバイした。くるりと右脚を軸にまわったかと思えば、マサキに背を向けて駅の方へと歩いていった。足早だった。

不思議だったのは視線だった。視線は絶えずマサキに向けられていた。ずっと、マサキだけに。ルミに目を向けることは一刻もなかった。たんに偶然が重なったものといえばそれまでだが、カラオケ中のリョウコを思うと、どうも偶然とは思えないものがあった。

声もまた、ルミと話しているときとマサキのときとでは調子が違った。マサキに対する言葉の方があからさまに明るいものだった。彼女の姿が少しばかり小さくなったところでルミと目をあわせたが、ルミもさすがに変だと思ったらしかった。

「どうしたのかな」

「本人がああいってるんだ、そういうことなんじゃないかな」

「でもマサキと話してる分には、体調が悪いふうには全然思わなかったけれど。むしろ元気というか」

「でも顔は明らかに調子悪そうだったよ」

「そう?」

「うん。ルミは少しでもテンションがあがるとまわりが見えなくなるところがあるんだから。今日もリョウコがどんな表情してたかなんて覚えてないだろ?」

マサキは行くあてもなく歩きだした。半テンポ遅れてルミもついてきて、左腕に腕を絡めてきた。ナミの生肌が密着して温かさが伝わってくるのだが、夏の暑さがそこに加わって心地よいという感覚ではなかった。

特にどこか、というあてがあったわけではなく、とりあえずは駅へ歩けばどこへゆくにも都合がよいだろうと、リョウコの歩いたところをたどった。リョウコの姿は、いつしか通りから消えていた。

「そこがルミの悪いところ。気をつけないとダメだよ」

「確かによくは覚えてないけれど、でも、そんなに?」

「特に後半はひどかったよ。だからカラオケを終わりにしたんだ。あれ以上続けてたら、大変なコトになってたかもよ」

ルミの声がらしくない声で、ごめん、とつぶやいた。すこしずつしめあげられてゆくマサキの腕から、ルミがようやくトチ狂ったテンションの世界から戻ってきたコトを知った。より一層落ち着きを取り戻すために、マサキはもう一方の手を絡みつく腕にそえた。

「分かればよろしい」

「私、リョウコに悪いコトしたんだね、なら、謝らないと」

「それよりもまず、自分がどれだけまずい飲みものをつくったかを分からなきゃな」

「カラオケに戻る?」

「うんや、途中でペットボトル買いあさって、どっちかの家でやろう」

「ならマサキんとこがいい」

「ならそうしよう」

するとたちまち、落ち着きを取り戻していた顔がパッと明るくなった。またおかしなテンションになるだろうかと思ったものの、そこまでは至らず、ほどよい高揚感の中にとどめていたらしかった。腕のからまりが弱くなって、多少なりとも左腕に自由がきくようになった。

マサキはルミに触れているだけの右手でその腕をほどいた。左腕は自由になったが、彼女はちょっとばかりの戸惑いに顔を染めていた。しかし離れるつもりはなく、たんに手をつなぐためであって、指同士を絡めれば、表情が再び落ち着いた。腕を絡めているのは恥ずかしいよ、とはにかんでみれば、声をあげてナミが笑った。

それから会話はなかった。ただ歩道を駅に向かって歩くだけだった。手をつないで、同じ歩調を保ちながら、時々たがいに顔を合わせながら。マサキにとって、ルミとつながっている手の感覚が心地よかった。目が合ったときに湧き上がるうれしさに、心が落ち着かなかった。だがフワフワした気分は決して心地の悪いものではなかった。このままどっぷりとマシュマロのような柔らかさとナミの温かさの中にうずまっていたかった。

ひと気のない住宅街の中を縫うように進んでいった。マサキの鼻の下に汗がにじんでいて、それさえも太陽は焼こうとしていた。だがルミに顔を向けたときにはちょうど影となるところなので、焼き切るコトはかなわない。だが、ルミの柔らかさに吸い取られてしまいそうになるのだった。

十字路をちょうどよこぎろうというところだった。ルミの顔を見ようとしたところ、マサキはふと視界の中に見覚えのあるスカートが目に入った気がした。どこかの制服を思わせる、赤と白を基調としたひざ上十数センチのスカートだ。気がした、ではなく、見た。

いきなり変な音を耳にした。不自然な三発で、同時にルミが、いっ、とひきつった声をあげた。視界の隅っこでちらつくスカートが飛び去っていった。

不自然な三発について、マサキは聞き覚えがあった。場所は部室、精密射撃の際に一学年下の男子学生が使っていた。ボス、ボスという発砲音だった。

二人をずっとつないできた恋人つなぎが離れて、ルミは左二の腕を押さえた。体をよじって腕の様子を眺めていて、マサキの立ち位置からではなにを目にしているのか分からなかった。ふと視線があがったら、遠くの十字路を右に曲がるスカートの姿があった。

ルミの反対側にまわって押さえているところを見たら、赤い丸が二つ、日焼けしていない肌にきざまれていた。夜空に浮かぶ星のような美しさをふと覚えるも、赤くなったところをなでて、現実を見据えた。あたりのアスファルトに目を凝らしてみれば、道路の端に白いBB弾が転がっていた。

「痛、こんなことするのは誰よ」

「待ち伏せしてたみたいだけれど、なんのためだか」

「固定ガス銃の発砲音だったけれど、ところでマサキ、撃った人は見た?」

「うん、撃ったらすぐに逃げた、あっちに」

「通り魔的なヤツなのかな」

マサキの指さす方向を見ながら、ルミが首をかしげた。一緒になってマサキも首をかしげた。赤白スカートを通り魔としなければこの状況を説明できなかった。理由も分からないし、二人に襲われるような理由も思いつかなかった。

マサキの家でも、ルミはしきりに腕の赤を気にかけていた。ちょっと時間ができる度にのぞきこんでいた。たわいのない話をしたりだとかキスしたりだとかボーッとしたり愛撫したりと、その時々で起こるすき間に撃たれた痕跡は必ず入りこんできた。

たとえエアガンで撃たれただけとはいえども、人をエアガンで撃つのは立派な犯罪である。だからマサキはなんども警察にいこうと訴えるのだが、ルミは全然気にしていない様子だった。帰るといったときも、マサキはつき添おうと申し出たものの、ひとりで大丈夫、と言い放ったのだった。

静かになった部屋で、マサキはデミタスカップをすすった。ルミのにおいが残っていたが、たちまち濃いコーヒーの香りが部屋に充満した。パソコンを開くわけでもなく、テレビをつけるでもなく、折りたたみ式の机とイスをだして即席のバーカウンターをつくった。それからカップを机上において、その横にはコースター。コンロからマキネッタを持ちだして、コースターにのせた。注ぎ口からコーヒーの湯気が噴き出した。

マサキはもう一口、エスプレッソを口に含んだ。強い苦みが目をひどくたたき、赤い点々がチカチカ点滅しているかのようなイメージが頭に浮かんだ。できもののような小さい赤、虫に刺されたかのような跡、細い筆でチョンチョンとつけた赤い点―いろいろと適当な言葉を探してみたが、やはりエアガンで撃たれた跡、とするのがマサキにはしっくりきた。

カップに残るコーヒーを全て、流しこむように飲みほした。口と鼻に残る濃厚な余韻を感じながら、マキネッタから新しい一杯を注いだ。カップを鼻の下に持ってゆき、香りを確かめた。強くも甘い香り。豆の奥底からじわじわとにじむ、難しい甘さだった。

ケータイが突然、パソコンの横でバイブした。サブディスプレイの有機ELに目を凝らせばナミとあった。なんだろうと思う一方、嫌な予感がした。パソコンのそばに立ったままがケータイを開けば、電話の着信だった。あわてて手にとれば、ナミの声がする裏で、軽やかなBGMらしきものが流れていた。

「またやられた」

「エアガンか? どこか怪我してたりしてない?」

「服の上にあたった感じは何発もあったし、腕とか脚も痛い。あと、鏡で見てないから分からないけど、ほっぺたにもいくつか痛いところが」

「いまどこにいる?」

「家の近くのスーパーににげこんでる。ちょっとしてから帰るつもり」

「オレそっちにいくよ」

「大丈夫、走れば一分もかからないから、撃ってくる隙もないでしょ」

「でも心配でたまらない」

「うれしいけど、平気よ。あっちは私よりも足が遅いから」

「ならいいんだけど。本当に気をつけて、BB弾でも当たり所が悪かったら大けがだから」

「マサキよりも私の方がよく知ってる。それじゃ、いくから」

「うん。あさって、部室で」

おやすみ、という言葉があって、電話が切れた。マサキは通話画面から待ち受けに変わりゆく画面をずっと見ていた。表面に皮脂がついて見づらくて、袖口で画面をこすった。パチッっと耳障りのよい音をたてて折り、ケータイをデミタスカップの横に置いた。

マサキは立ったまま左手をテーブルに立てて、次にコーヒーを一気飲みした。マキネッタに残っている二杯分のコーヒーも飲みほした。熱くないエスプレッソはマサキの舌にはまずくて、鉄砲水のような勢いで流しこんだ。

空っぽになったカップの底に残る茶色に目をやりながら、マサキはため息をついた。ルミの意見を押し切ってでもルミに付き添えばよかった。そうすれば多少なりともまわりの様子をうかがいながら予防できたし、襲われてもかばうことができたろう。家に送らなかったから、どちらもできなかった。

パソコンの電源を入れながらも、マサキの脳裏に揺れているのは赤と白のスカートだった。今まさにルミをねらっている人はそのスカートをはいているのだろうか。全く同じ銃でルミをねらったのか。パソコンを前に腰かけてみれば、いろいろと必要なデータをききそびれていたコトに気づいた。

コーヒー一式をゆすいでから、マサキはブラウザを起動させた。迷うことなくブックマークからあのホームページをクリックして、画面をりょんに染めた。なにもしないでいたらスカートのコトばかりを考えてしまいそうでいやだったから、マキネッタをあらい、パソコンをつけたのだった。

更新された作品は一つだけ、詩ともショートストーリーともつかないものだった。〝なんてすがすがしい気持ち!〟という行からはじまって、相手を〝撃った〟コトに対して、相手を〝追いかけまわした〟コトに対しての快感をつづり、相手の〝逃げる背中〟に対して優越感を覚えていた。

しかしつかの間、次の連では禁断症状があらわれていた―〝仕留めて〟いないことへの不満と不快感と、それからやる気と。奇妙なのが、仕留めるコトを求めているはずなのに、〝仲を引き裂こう〟と企んでいる詩の流れにそぐわない行が、とってつけられたかのように存在していた。

マサキは不思議な感覚で文章を読んでいた。相手を撃って、それから追い回したその人物が、赤と白のスカートをはいていたのだ。見覚えのあるスカートをはいて、ナミの背中を追っているのだ。撃てるもの、それはエアガンで、逃げる背中に向かって何発も発砲していた。

りょんという人物。なんら関係がないと思っていた人がいきなり、ぐっと身近な人となった。それこそ半径三メートル以内の範囲に出くわしたのではないか―まさか、とマサキはつぶやいた。そんな都合のよいコト、あってたまるか。でもなんとなく、リョウコと響きが似ている、そう思った。

背後でバイブが机の天板をたたいた。ルミからだと思って手にとってみたら、リョウコだった。手の中でまだケータイが震えていたので、ボタンを押して黙らせた。

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