にの、にの?

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とっぷぅあばうと小説あり□ 同人誤字脱字案内メール

オリジナル作品

かみになれない

いつの間にかブログで連載中断状態だったから、気が向いたので全文掲載。
ただし、あまりクオリティのよくない作品につき注意。
2009年ぐらいの作品

連載

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この 作品 は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利 - 継承 3.0 非移植 ライセンスの下に提供されています。

袖に立つと、腕が震えて止まらなくなった。みえないところから拍手が流れこんでくる。目の前方にある講壇で訴えているのは彼女だった。彼女の演説のうまさもさることながら、あの子供のような体つきに疑問を覚える聴衆はいないのかと思う。拍手だけを聞いていると、誰もが疑問に感じてないのだろう。そもそも、気づいてさえいないかもしれない。

彼女が手を振りながらこちらに戻ってくる。聞いている人に向かって手と笑顔を振りまきながら、今にも足が地面から跳びあがりそうな、軽い足取りだった。

これから町での出来事を、本気で話すと思ったら緊張が一回り大きくなった。魔術を使っただけで教会に異端扱いされたことを、まともな口で喋ることができるか、不安だ。彼女はその上、あの壇上で古代魔術をやってほしいと言ってきたのだ。喋ることさえきついのに、術式まで唱えろという。ああ、容赦ない。

しかし、その要求の高さは私を満たしてくれる。売春で体を切り売りして、身寄りのない翻訳家として国を動き回って、それから今、時代とかけ離れた教会の制度をなくそうと動いている。

彼女は私の未来がないと告げた。決してないのではなく、みえないだけだと。この段階に来て昔を思い出してみれば、これは無理だと合点がいく。売春幼女で売春娘だった翻訳家の私が教会に牙をむくなんて想像ができない。

彼女が舞台から袖の薄闇に、そして私の許へやってきた。彼女の顔が暗くなる瞬間、愛想がすうっと引いた。表情が悪人ぶるわけではなく、ようやく自分の世界に戻ってきた、という感じだった。一時間も人の前にいたのだから、疲れたことだろう。

ねぎらいの言葉をかけた。口が私から離れているようで、動かすにもぎこちなかった。彼女は、私の震える左手を握りしめた。見上げる顔には、微笑み。

この微笑みも、未来がみえていたらみられなかったかもしれない。

「がんばって」

よし、行こう。

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