Since 2009
桜さんを主人公にしたストーリーに忠実でやるつもりで書いたスピンオフ。
いや、番長は桜さんだと思います。
2009年作品
原著作者=木下英一
ばとね!
包まれている感覚だった。
早朝に感じる慣れた感覚だった。
目をゆっくり開けると数秒だけ視界がぼやけてどこにいるのかさっぱり分からない。しばらくするとそれも消え、木造らしき壁が見えた。意識がはっきりしてくるのを感じるとともに、頭部がじいんと痛んだ。思わず顔をしかめて額のあたりに右手を当てた。数秒程その姿勢で耐えていると次第に慣れてきて、私は額にやっていた手を頭のすぐ横に置こうとした。だが、布のような感覚ではなく、生々しい感覚が起こった。手でそのものを掴んでみる。生温かく、何より自身に掴まれているという感覚があった。そこで頭の痛みもいまだぼうっとした意識も完全に吹き飛び、慌てて上半身を起こした。
「起きたか」
突然横から男の声がした。私は急なことに驚いて振り返ると、目の少し細い男がいた。
「あの、あなたは?」
私は手を顔のすぐ横にある変な物体を軽くつまみながら尋ねた。
「私の名はイーガンだ。それで、どうだ、体の具合は」
イーガンと名乗る男は、灰色の髪を持ち、淡い紺色のローブらしき服を着ている様子だった。
「ちょっと頭が痛いぐらいですが」
「ならよかった」
男はベッドの横にあった木製の椅子にゆっくり歩み寄って腰かけた。
「そう言えればいいんだが」
私はその意味深な言動に目を細めた。恐らく頭を撃って気を失い、そして川の中に沈んでいくところを助けてくれたのだろうが、なぜそれを助けてくれたのにも関わらず、そのような悪い部分があるかのような言葉を発するのだろう。
「説明するよ。まず君は川の底に沈んでいるのを見つけてな。慌てて引き揚げたら息止まってて、心臓も止まってて……簡単に言えば死にかけだ。普通だったらどう処置しても死んでた。だから特殊な処置をさせてもらった。そこからが問題なのだが」
私は手をその物体からマットレスの上に置いた。
「根本的なことを言っておく。理解しづらいかもしれないが、ここは地球ではない。魔法というものもある。超科学的事象もたくさんある」
イーガンはまた変な話をしている。いったい何を言いたいのか、さっぱり判断できない。私は理解したいが為に必死に次の話を聞こうと覚悟した。
「ついさっき死にかけと言ったな。君一人の命では、確かに死ぬほどだった。でも、ほかの命を加えれば生きていけるぐらいだった。そこで君の命に動物の命を加えた。人間の命では非人道的って言われるからな。君がさっきまで触ってたそれも、まだ気づいてないかもしれないが、尻にできた尾もその副作用だ」
イーガンは淡々と言葉して私に手鏡をわざと鏡の部分を見えないようにして渡してきた。それにしても意味のよく見えない話だ。そして何気なく鏡を反転させた。
まず目に入ってきたのは銀色になった髪だった。次に頭の横から飛び出している銀色の何かに焦点が合った。三角形をして、短く銀色の毛が生えているようだった。一瞬思考が停止した。次の刹那、それが動物の耳であることを悟った。イーガンの発した言葉を頭の中で繰り返してみる。言葉どおりのことを確める為に自らの尻を見ようと体を捻らせた。確かにそこにはふさふさした銀色の尻尾があった。
目が泳いだ。
「これ、どういうこと?」
今までになく声を上げた。
「君にこの近くにいたシルバーフォックスの命を加えた。だから耳と尻尾と髪は銀色。君が分かりやすい言葉で言って“シルバーフォックスドール”と分かりやすく呼ぼうか。一応専門的に説明すると、この処理は正式には “自走型ドール”となる。ドールって言うのは普通、マスターって存在がいて、ドールにとってはマスターの指示が絶対になり、マスターの命を守ろうとする。だが自走式ドールは、マスターを必要としないものでな、君みたいな瀕死の状態のもうすぐで死ぬって人を助けるために作られた治療法だ。対してドールは隷属術とも言われる。それらの副作用として、その耳の動物化と尻尾の発生は避けられないんだ」
イーガンが喋っていることの半分以上は理解しがたいものなのだが、私の眼には確かにその事実が映っていた。確かに銀ぎつねの尻尾と耳が生えている。尻尾にさりげなく右手をやって擦ると、滑らかに滑るような気持ちの良い感触だった。ふとそこで私はここが彼の言う異世界だということを思い出した。
「あの、ここが異世界なら、私もう帰らないと」
私はシーツから足を出して床に立とうとした。だが立つ前の段階で、イーガンが両手で押さえこむようなしぐさをしてみせる。
「いや、少し待ってほしい。君の体は今ドールの体で、まだ慣れてない。暫くはこの部屋を自由に行き来したりして体を慣らしてからの方がいい。あと、一つ二つ伝えておかなければならないこともあるのでね」
イーガンはすると立ち上がった。
「それじゃ、私は少し失礼するよ。あと、君が今着てる服は私の仲間の女が着せてくれたものだから、多分ここに来るだろうからその時礼を言っておいた方がいいぞ」
私がはいと答えた時には彼はすでに背中を向けてどこかに向かっていた。
足がローファーらしきものに触れた。私はイーガンが座っていた椅子の先を見ていて、その先のテーブルか机の上に私の制服が畳まれていた。一旦裸足のまま床に脚を下ろして立ち上がった。彼が言ったとおり、立つだけでも今までにない違和を感じる。それでもゆっくりと一歩を踏み出す。うまく動いてくれない。今にもこけそうだった。それでも机のところまで歩き、そこの乾いたハイソックスを手にすると来た道を再び戻った。やはりぎこちなく、宙に浮いているかのような感覚だった。座るまでの道のりは、すごく長いように感ぜられた。
「大丈夫かなあ」
ベッドに到着した時に呟きながら私はゆっくりと上に両足を乗せた。その動作さえもぎこちなく、そのせいで辛く感じた。足の指先をハイソックスの中に少しばかり押し込む。そうしてからかかとのあたりまで入れ、そうしてからふくらはぎを覆うようにした。反対側も同様である。通常なら何ともない行為であるけれども、今の体では行動するたびに呼吸をおかざるを得なかった。その為か、ソックスを履くなりすぐいろいろなことに対するやる気が失せ、私はベッドにあおむけで倒れた。背中に尻尾の存在を感じるが、痛いという感覚はなかった。
「これぐらいがちょうどなのかなあでも」
上半身を起して太腿を揉んでみる。自分のものとは思えないほど筋肉の硬さがあった。触ってみるだけでもすぐに分かる。これもドールになった証なのだろうと僅かながら実感が湧いた。私は急に正座をしてみたくなった。ベッドの片膝を立てて正座に移行する。定まりが悪い気もするが、歩いたりするよりも遥かに楽だった。流れで黙想もしてみる。目の前が真っ暗になって異世界だということも一時的に忘れることができる。日本武道における無の世界である。自らの雑念もその世界に飛び出してたちまちとける。次第に一つの考えだけが頭にはっきりと浮かび上がり、そこで私は黙想を止めた。
「やっぱ体動かさないと」
正座を解いて脚をベッドのへりから投げ出した。すぐにローファーを履き、手でマットレスを押さえつけながら立ち上がった。立っているのもやっとだ。私は歯をくいしばって必死になる。左側に見える壁へ歩き始めた。一歩で一フート程度しか進まない。踏み出す度に足全体にじいんとした違和感がある。それでも無理やり歩いた。一歩、また一歩、ちょっと立ち止まってからまた一歩――
ほんの数メートルしかないはずなのに、到着するのに何分もかかり、到着した際壁に寄りかかった。運動部に入っているのにも関わらず、私の息はすっかりあがっていた。額に汗がにじんでいるのも感じる。思わずそこで笑みをこぼしてしまった。
「ちょっと進歩したかな」
ガチャリと左側で音がした。私はその静寂の中突然発生した音に肩をびくつかせた。一体誰が来たのだろう、イーガンか、それとも話の中で出てきた仲間の女ってやつなのか。それともそれ以外の者か。会話が聞こえる。一方はため口で、もう一方は敬語を喋っているようだ。声の高さからすると女らしい。
この部屋の扉が開いた。私はその方向を見た。町では見たことのない服装だった。ゲームでよく見る魔法使いの恰好に近い。ただその服装が私の親友がかつて着ていた気がする。どうも変には見えなかった。
「体の方は大丈夫ですか」
ピンク色の長髪を持つ右側の人が尋ねた。見た目は私よりも幼い感じがする。おしとやかな印象を受ける、そのような声だった。身長は私よりも低いようで、手や首の感じからして華奢なのだろう。一切日焼けを経験したことのないような肌である。
「まあ、まだ慣れていないのですが」
言葉を発することさえも少しぎこちない。そう言えばこの世界の言葉というのはどうなっているのだろう。
「しょうがないですね。あ、そうだ」
右側は私の言葉に応じ、そして何か思いついたように声を上げた。
「私たちの名前はまだ知りませんよね。私たちはイーガンの仲間で、こちらがマリエル、私がリミュレです」
ピンクはそれぞれを指さしながら紹介する。彼女の横にいる人間に指が刺されたとき、その人はライトブラウンの髪を揺らして軽く頭を下げて見せた。
「よろしく」
リミュレという右側の女よりもいくらか声が低かった。だが身長は頭一つ分ほど長い。私もそれに対して軽く会釈した。首を曲げることも妙な気分になる。
「それじゃ、マリエルはイーガンのところに行ってください、こっちは私がやっておきますから」
「それじゃよろしく」
マリエルが私に背を向けて扉の先にいなくなると、視線をほんの少しだけ右にずらした。目が合うなり、リミュレは口角をあげて微笑みかけた。私も思わず外交的に笑んでみると、向こうが私の許へと歩み寄ってきた。
近くで見ると、先程感じたことがより顕著に感じ取れた。彼女の頭頂部は私の目と同じ高さで、指も私のより細い。
「改めまして、リミュレ・スエイです。あなたの世界からするとぴんと来ないと思いますが、一級聖術使いです。あと意外に思われるのですが、エルフです。耳とがってないものですから」
また私の知らない専門用語が出てきた。聖術とは何なのだろう。いわゆる魔法なのだろうか、と当然沸き起こるだろう思索をしている中、彼女は口を開いた。
「そういえば、あなたの名前を聞いていませんね。教えてもらえますか」
「間宮、桜です」
リミュレは私の名前を小さく呟くと、自然な笑みを浮かべながら小さく頷いた。
「いい名前ですね、桜さん」
私は反射的にその褒めに対して必要もない礼を言ってしまう。彼女は私の言ったことを聞くなりより笑みを濃くした。
「桜さんは、優しいお方なのですね」
リミュレは私の左手を取った。そして彼女の胸のところまでそれを持ち上げた。私はその様子をただ見ているばかりである。
「少し話ししましょう、その前にベッドまで歩いてから。私が支えますから、歩くことだけに集中してください」
はいと答えながら一歩を踏み出してみる。彼女の支えがあるからだろう、先程よりも大きく脚を出すことができた。大体足ふたつ分ほどだ。もう一方の足を踏み出すペースも速い。リミュレは時々私に向って小さく声援を送る。がんばれ、もう少しです、などと。
一分程度で私はベッドに到達することができた。私はベッドに腰を下ろすと、正面にリミュレがイーガンの座っていた椅子を移動させてそこに座った。
「私、桜さんが運ばれてイーガンに治療されたあとずっと見ていたんですが、全然起きなかったのでひやひやしました。一昨日から眠りっぱなしでしたから」
「私はここに来て三日になるんですか」
はじめて聞いたことである。私は一昨日意識のない状態でここに運ばれ、今日は今まで意識を失っていたというのか。その為咄嗟に口からそのような問いが出てしまったのだ。リミュレの表情を見ると、やはり微笑んだままだ。
「そう言うことになります。まあご安心ください、体がまともに動くようになって、ドールになったことで起きた変化やその制御方法を理解していただければ桜さんの元いた世界に戻れますから。さて、それで……」
彼女は一人腕組みをして首をかしげている。表情は笑みでなくどちらかというとニュートラルなものだった。今までの会話のうち、どこかに首を傾げるべき点はあったのだろうか。
「どうかしたんですか」
私が尋ねてみると、彼女は腕をほどいて手を腿に置いた。
「イーガンから症状が軽ければ術で治していいって言われてるのです。どうしようかなと思っていたのですが、気持ち悪いとかそういうものはありませんよね」
「頭が少し痛い程度です」
私の述べた答えを聞いてリミュレは頷き、少しばかり前屈みになって私の手を取った。なら良いでしょうと言葉し、手の上にさらに手を乗せてきた。
「これから行うのは聖術の一種です。骨折などの理由でリハビリを必要としている人に施す術です。これを施しますと、リハビリを行ったと同じ効果があります。ただ軽くなっていなければ効かない術ですので、さっきのような質問をしたわけです。ドールの場合、かなりのリハビリを要する場合は船酔いのような状態が続きますから」
理論はよく分からないものの、とりあえずこれから何をするかということだけは理解することができた。そのような中、リミュレは両手に抱えた私の手を自身の胸元に引き寄せる。彼女が引き寄せる動きに伴って私は前屈みになった。
「それでは、始めます」
リミュレは目を瞑って何かを囁いているようで、口元が微かに動いていた。喋っている言葉が聞き取れないのではなく、何も私の耳が受け付けていないようなのだ。声のほかに、本来あるべきであろう音もない。私のしているはずの微かな息の音がないのだ。私は試しに足踏みをして足音を発生させようとした。だが――動かない。音を発生させる以前の問題である。一体どのような理論で体の自由が利かなくなっているのか。思考はできているというのに。目は働いているのに、眼球運動を除いて。私には一向に分からないこの問題は、術をかけられている間ずっと頭の中をかき回していた。術が終わった後もそれを気付かず固まったまま考え込んでいるほどである。
「終わりましたよ、桜さん」
その言葉で私ははっとした。その感覚は私が本気で黙想したときのものに近いものだった。
「ちょっと立ってみましょうか」
私は彼女の言葉に従い、脚を意識して立ち上がった。
「あ」
当然のはずなのに衝撃だった。全くの違和感もなく立ち上がることができている。今までそこに存在していた感覚である。しっかりと地面に足が付いていると自覚と自信が持てる。私は思わず足元を見下ろして口をぽかんとさせた。
「それじゃ、先程の壁まで歩いてみましょうか」
リミュレは今度手を差し出そうとしない。私は彼女に体側を見せ、壁をまっすぐと見上げて足元を見ず歩き始めた。たどたどしい足取りなどなく、むしろしっかりとした、すぐに剣道の足さばきができそうなほど自然な感覚である。そのような軽やかな足取りで私はものの数秒で壁にたどり着いた。
「感覚はどうでしょう」
背後からピンク髪が尋ねてくる。その声の主にくるりと回って振り返った。
「全く違和感はありません」
私がくるりと回転するさまを見たためか、やや懐疑的な目で見ていた彼女も微笑みを浮かべて頷いた。
「それなら、もう何をしても大丈夫でしょう」
嬉しさが突沸するように湧き上がってきた。私の感情は反射的に腰を深く曲げさせる。
「ありがとうございます」
リミュレは私に対してこちらに戻ってきてもらえますかと言葉を無視するように言う。私はその時そのようなことを察さず素直に彼女の許に小走りで戻っていった。
戻ると、またベッドに座るよう言われた。
「まだ、説明の足りないところがありますので、その点をお話しします」
先ほどとは全く異種の表情だった。微笑みは明らかに浮かべているのだが、その奥が非常な闇である。その表情はいいニュアンスがあるのが大抵だろうが、その時だけは強い悲しみを感じた。
「まず、あなたはドールになったことにより、こちら側の世界の力が使えるようになっています。つまり、私が先ほど使った魔法です。では試しに、私のまねをしていただけますか」
リミュレはそう言いながら右手の人差し指を立てて、その先を天井に向けている。私は言葉に従い、彼女がしている通りのことをした。
「小さい炎」
彼女の指先に五センチ程度のオレンジ色をした炎が現れた。思わずそのろうそくに目が釘付けとなった。原理など、何もかもが分からなかった。
「さ、あなたもどうぞ」
「あ、は、はい」
慌てて指を作ってその先端部分を見つめながら彼女が言ったのと同じ台詞を口にした。私は先端部分の様子を見て、ありえない現象を目の当たりにして、驚いて声も出なかった。魔法とやらに慣れているリミュレが作った炎の一回りも二回りも大きいのである。
「これが魔法です」
リミュレは言った。
「魔法……」
「桜さんが頭の中で考えたことと同じ概念を口にすれば、そして人差し指またはそれに準ずる魔法補助具をそのような形で対象に向ければ、魔法は使えます。魔法は人差し指だけを突き出した状態ではじめて使えますから、その点は注意してください。あと、直接的に邪なことには一切使えないようになっておりますので」
必用最低限を教えてくれているようだが、やはり理論がないと不気味だ。昔の人が自然現象を神が起こしたものと考えたことと同じように考えれば私の頭にもしっくりくるかもしれないが、それは私の性に合わない。だが、今その理論を聞いたとしても、理解できる自身は微塵もない。余計こんがらがってしまうということが目に見えている。リミュレは私の意を察しようとはせず、次の説明に入った。
「もう一つは、身体機能の増強です」
彼女はそう言うと指先を中空に指して小さく何かを呟いた。今度は真っ黒な物干し竿に似た棒が現れてリミュレの両手に収まった。彼女の表情は妙に力がこもっている。さも重たそうだ。それを私に差し出してくる。
「では……これを曲げてみてください」
その棒を両手に持ってみると、それはあまり重く感じるものではなかった。脇を締めるような動作で黒棒をくにゃりと曲げた。柔らかい、その時点での印象は素直なものだった。リミュレは私が曲げた棒を見て微笑みを浮かべる。
「それ、鉄の棒なんですよ」
急に彼女の笑顔が恐ろしいものに見えた。これほど柔らかく感じるものを笑顔で鉄だと言われれば妙な気分になるのは誰でも同じだと思う。鉄この太さでプラスチックのようにふにゃりとするとは信じられない。
「鉄の棒なんですか」
「なら落としてみるといいでしょう。足元に気を付けて」
リミュレは自身の脚を椅子の下に引っ込めた。私も足を元を見て落とす場所を定める。両手で持っていたものを片手に持って、次の刹那手を離した。
思わず目を瞑ってしまった。変な声をあげてしまう。
「鉄だってこと、分かりましたか」
音の大きさからして、十数キログラムはありそうだ。
「本当に、鉄の塊だったんですね」
私にはもう認めるほかに選択肢がなかった。手の平を自分の顔に向け、ついさっき鉄棒をいとも簡単に曲げてみせた手を見下ろした。
「こんな力が……」
「桜さんはドールとなることで、魔法と筋力という、二つの力を手に入れました」
「二つの力」
「そうです。でもその力は、時に自身を守る道具となりますが、同時に人を傷つけるものにもなります。それは絶対に忘れないでください」
「……はい」
「それでは、明日は昼まで二つの力を制御する方法をマリエルが教えると思いますので、今日はこれからゆっくりしてください」
私は人外で奇怪なそれをノートに脈絡もなくぐるぐるを書き続けていくように考えながら頷いた。