にの、にの?

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二次創作

立て続けに散る桜とともに

桜さんを主人公にしたストーリーに忠実でやるつもりで書いたスピンオフ。
いや、番長は桜さんだと思います。
2009年作品

原著作者情報

原著作者=木下英一
ばとね!

連載

制服を着て昼までマリエルから力の――特に魔法に関する力の制御や簡単な魔法を教わった。炎と氷の魔法。最初にそれをやってみた時は、大玉転がしの大玉のような火の玉に、氷河から崩れ落ちて行く氷の塊のようなもので、危うく火で森を焼き払い、氷塊で自らをつぶしてしまうところだった。マリエルがどうにかしてくれなければ、それこそ死んでいたかもしれない。だが当時の私には、それよりも先に悩むべき事柄が存在していた。

養女の問題である。私は本来ならば光家の本家へ行って養女の話し合いをしているはずなのだ。それを今は、こうやって異世界で人間でない存在となり、人外な能力に驚かされてばかりいる。そのようなことで上の空だった私は、いつの間にか昼食を取り終えていた。室内にはリミュレしかいない。マリエルとイーガンはどこかに行っているのだろうか。そのことを聞きたくなった。

「リミュレさん」

私はベッドのすぐ横にある椅子に座って本棚を前に立っているリミュレに声をかけた。彼女は私の声に声で反応するなり振り返って私の向かい側の椅子に座った。私のリミュレの間には昼食を摂ったテーブルがある。

「どうかしました」

彼女は私と面すると相変わらず微笑みを浮かべている。それ以外の表情はやはりマリエルやイーガンの前でしかしないのだろうか。

「私、実はここに来る前、親を両方とも亡くしたんです、立て続けに」

私の口から自然とそのような話を口走っていた。そこではじめてリミュレの顔から笑みが消えるのを見た。

「そうだったの、ですか」

「そこで、親の知り合いの方から養女に迎えたいという意向がありまして。その話し合いをするためにその家へ向かおうとしていた最中、川辺を歩いてたら足を滑らせて、ここからはご存じでしょう」

笑みの消えた真剣な表情で小さく頷きながら、リミュレは喋っている様子を見ている。

「桜さんは、養女というその件をどうするおつもりなのですか」

「受け入れてもいいと、少し思ってました。でも、今は人間じゃありません。それに、この耳と尻尾では、養女になるどころか、地球に戻ることさえできません」

私の物言いは淡々としたものだった。口で言っていることは確かに理解していることなのだが、実感としては一切ないからだ。意味の分からない数学の数式をとにかくこうなると理解することに似ている。

「大丈夫です、きっと」

リミュレもまた静かに言葉した。

「イーガンは、その点も考えていると思います。イーガンが見切り発車でこのようなことをするとは思えませんので」

「ならば、すぐにそのことをなぜ私に教えてくれないんでしょう」

「彼は、今忙しいんです」

少し俯き気味で言っていた彼女は、そこで顔を上げた。私はその反応に背筋を伸ばした。

「イーガンは、桜さんにしたような、魔法の研究をしているんです。それで今、魔法に関連した連続殺人事件があって、それに協力しているんです。マリエルは探偵もしていまして。警察はマリエルに依頼して、マリエルはイーガンに協力を仰いだんです。だから、本当はここに戻ってくる暇はないんです」

見た目からは一切想像できない。そう言っては失礼なのだが、第一印象とは全く見当が違うのだ。魔法を研究して、警察の捜査にも協力している。若干細い眼の先に、犯人を突き止める力があるというのか。だが、そこでまた別領域の疑問が浮かぶのだった。

「では、リミュレさんはなぜ捜査に参加しないんですか」

リミュレは久しぶりに微笑んで見せた。

「私にはそのような能はないんです。出来るのは家事と魔法の一部ですから」

私の質問に対する答えを言い終わると表情をまた堅くした。

「私もあの二人に助けられた一人なんです。親が誰かに魔法の炎で焼き殺されまして、私も殺されそうになったぎりぎりのところで、二人に助けられたんです。生きるところを失った私は、二人についていくことにしたんです」

意外なことが続いている。私とはそれほどあって時間がたっていないのに、そこまで自分をさらけ出している。しかも痛々しい過去なのだ。私は彼女の話を黙って、かつ目を逸らさずに聞く以外になかった。

「最初はためらいました。この二人についていっても、ただ邪魔な存在となるのではないかと。でも、こんな無能な私を、二人は受け入れてくれたんです。だから桜さんもそう悲観的に考えなくてよいのです。ちょっとした勇気で声を出してみると、案外受け入れられるものです」

「でも、この耳では」

「大丈夫です、イーガンが何らかの対処を考えているでしょう」

「私は、どうすればいいんでしょう、養女の話」

私はその問題は再び口にしてみた。私は養女になっても良いと考えた。その方が生活も今後も安心できる。だがこの状況になってみて、同じ事が言えるのだろうか。このような耳と尾で、日常生活を送れるのだろうか。将来を拓くことができるのだろうか。私にはそれにできると答える自信がない。それはより今までの会話で深くなっている気がした。

「受けるべきです」

リミュレは言った。

「受けるべきです。こんなことを言うのは失礼極まりないですが、桜さんは養女にならなきゃいけない定めなのではないでしょうか。そうでなければ、立て続けの不幸も、一切意味のない悲惨なものとなってしまいます」

何分かだんまりが続いてから、リミュレは魔法の練習だとか言って外に出ていった。私はベッドの後ろにある本棚を横にして壁に寄りかかって立っていた。

「定め、か」

リミュレの意見した一片を口に出してみる。さらに、親の死を形容する言葉も引用した。

「意味のない悲惨なもの」

私が光家の養女として入ることが運命であり、そのために親が死んだと考えた時、まずなぜこれほどの悲劇が起きなければならないのかという思いに駆られた。もっとショックの少ない方法もあるのではないか。同じ死ぬというラインでも、私がもっと幼い、物心つくかつかないかという時期であれば、もっとショックは少なかったのではないだろうか。死ぬばかりでなく、破産などのフラグもあるだろう。

「何で死ぬ運命だったんだろう」

両親の悲しい定めを想像した。たかが私一人の運命を定めるために消え去った二つの命は、はたしてその行為を必要としたのか、と。だがその答えは、目の前にあるはずなのに漠然とぼやけていて、一切分からない様子だった。

その時室内に入ってくるものがあった。足音から複数人と判断できる。私は左斜め前方にある扉に目を向けた。その時ちょうど木製のステインが塗られたような扉が開いた。色が抜けている髪の男だ。

「君、リミュレは」

「魔法を練習する、と外に行きました」

イーガンの問いかけにその場で答える。彼は中に入りながらそうかと応じ、マリエルを率いて中に入ってきた。マリエルの表情には落胆が見え、しきりに溜息をついていた。男もそれを聞いてから何かを囁きかけているようだった。

「どうしたんですか」

思わず尋ねてしまった。彼はマリエルをテーブルの周りに置かれている椅子の一つに座らせてから、それがなあと声を発する。

「犯人、捕り損ねたらしいんだ」

言葉にマリエルを頭を抱えて大きく唸り声を発した。

「だってもう少しってところで遠隔地移動使いやがるんだから」

彼女の怒りは相当なもののようで、あの野郎と強く言い放つと同時にテーブルを思い切り叩いて八つ当たりをする。大きな音が部屋中に響いた。空気が震えた。

「いらつくのは分かるけど、もっと落ち着こう」

イーガンはマリエルの隣に座り、肩に右手を添えている。私は机をぐるっと回って二人の反対側に座る。直接にはもう一つの机が邪魔になって通れないのである。二人の後ろを通っている瞬間も、マリエルは自分の失敗に怒っているようだった。

「マリエルはこうやって犯人を取り逃してしまうのがはじめてなんだよ」

「言わなくたっていいじゃない」

完全に怒った声でイーガンの説明に横やりを入れるマリエル。前に見た時ではやはり想像が全くできないものだった。親しげに一言話しかけてきた彼女が、目の前で八当たりしている。

「私も遠隔地移動の魔法使えれば、イーガン、教えて」

「いきなり言われても、俺分からないし」

だが私にはどうすることもできない状況である。リミュレよりも手を差し出すことのできない境遇に私はあるのだ。だから私はその様子をずっとただ眺めることしかできなかった。

リミュレが帰ってくるまで私は二人の会話に入ることができなかった。マリエルは彼女が帰ってくるまでむすっとした表情で文句ばかり言い、イーガンが微かに苦笑を浮かべて話を聞いてやる。そしてリミュレが帰ってくるなり、マリエルは彼女にその魔法を教えてほしいと乞い、二人外に出ていく。部屋に残ったのはイーガンと私だけになってしまった。

私はこの状況が格好の説明機会だと感じた。

「あの、イーガンさん」

私は小さく声を発した。声は小さくとも、彼の耳には容易に到達したようで、すぐに顔を上げた。

「どうしたんだい君」

本題を告げる前に、私はリミュレがしたようなことをする。

「私、つい数日前に両親を立て続けに亡くしました」

私は彼の目を見て話す。一瞬だけ彼の目がただの画像のように硬く、無機質で動かないものになったような気がした。

「それで、親の知り合いに養女となってほしいと話がありまして。その最中に、イーガンさんに助けられました」

私はゆっくりと言葉を紡いでいく。

「私……私……」

急に視界が歪んだ。水面に反射する陽光のように世界が波を描くように歪んだ。ふと両親の死を思い出してしまった。さらに、もし私が死んでいたらあの世で一緒にいられたのだろうかとあらぬことを想像してしまったのである。

「まさか、私が君を助けた時に死んでいた方がよかったなどと思ってるわけじゃないだろうね」

イーガンの瞼が一回まばたきをする。彼の目が一段と潤って輝かしく見えた。

「私はそうは思ってない。君は生きるべき人間だ。生きてて価値のある人間だ。リミュレは不幸ばかりが降りかかってきた子だ。でも、彼女は強く生きようとしてる」

彼の語勢は一時言う度に強くなってゆく。私は自分の中にいた消極的でマイナス思考な自分を見透かされているように感じ、余計に涙をこぼした。

「君は負けちゃ駄目だ。君はまだ若い。やりたいことだってたくさんあるだろう。それを諦めてどうするんだ」

私は依然として涙を流していた。彼の言っていることは痛いほど自身でも理解している。生きていたい。でも、心のどこかで親を追って死んでいた方が良いと思っていた。自分の弱さに泣いていたはずなのに、いつしか私は何か別の、言葉では表現できない感情の深みにはまってしまったらしい。

刹那涙を止めるほどの衝撃を体が襲う。次の瞬間には人肌の温かさが服を通して弱く感じられる。私は目をこすった。

「感情的になりすぎたな」

私の顔のすぐ傍にイーガンの白髪があった。背中には彼の手、そして正面には胴体がある。耳が獣の耳になった奇異な少女が恋愛感情のない白髪の若い男に抱き締められていたのだ。

「話してもっと気が休まるんだったら、もっと話してみるんだ。十分だったら、明るい話題を話そう」

私は言うべき事柄を見失ってただ彼の腕の中に収まっていた。私からは腕を背中にまわすこともなく、ただ彼の肩に頭を預けていた。

「どうだい?」

私は小さく落ち着きましたと答えた。

「そうかい、ならよかった」

するとイーガンは強く私を包んでいた腕を離して体を遠のけた。体の自由を得た私はベッドの上で背筋を伸ばし、顔を少し俯かせて縮こまった様子でいた。だがすぐに顔は上がる。体の自由を得ると同時に、発言の自由と主張の自由を得たのである。

「あの」

私は今までとなくはっきりとした口調で大きな声を上げた。イーガンもそれにはにわかに驚いた様子で目をまん丸く開いていた。

「何だ」

イーガンはしかしいつもと変わらない声調で応じた。

「あの、私」

私は不意に自ら下した選択肢が正しいものなのかと一瞬踏みとどまってしまった。だが躊躇をすぐに黙殺し、一気に言葉を並べる。

「私元の世界に戻りたいんです。だから耳と尻尾をどうにか見えないようにしてもらえませんか?なるべく早く帰りたいんです」

「元の世界に帰りたいのか」

「そうです」

私は強い語勢で言った。イーガンは驚きの表情を見せたのかもしれないが、私は必死で彼の顔に注意を向けることはできようがなかった。

「帰りたいんです。私は元の世界でやらないといけないことがあるんです」

急に部屋がしいんと鎮まり、今までの音が嘘のようになってしまった。イーガンは私の顔を見て不思議そうな顔をしている。私はお願いしますとさらに嘆願した。彼は腕を組んで顔を俯き加減にしてじいっと動かなくなってしまった。私はそのさまを凝視して望むとおりの答えが返ってくるのを待った。

「時間をくれないか。耳と尻尾をどうにかする手段を考える」

思わず笑みがこぼれた。対してイーガンは依然として難しい表情を浮かべている。

「でも、今の技術じゃできない可能性もある。その場合もあるってことを承知してくれ」

笑みが半分ほど失われた。私はその中途半端で醜いだろう表情で頷く。イーガンは私の肩を二回叩くと椅子から立ち上がって扉へと向かう。

ばたん。

部屋がしいんと静まり返って、生命の存在は私だけとなった。この家の周囲には何も音を発するものがないのだろうか、私の微かであるはずの吐息さえも雑踏の音ほどに大きく感ぜられる。試しに息を止めてみる。音が本当にない。このようなシチュエーションは大分昔にあったような気もするが、当時の私は覚えていなかった。さらにいつも電灯が点いている。私の時間感覚は皆無に等しかった。

「とにかく光家の方とお話ししないと」

私はまず死にかけてから今までの事柄をどう上手く繕うかと考えた。死にそうになってたところを異世界の人間に助けられて異世界で治療をしていたなどとは絶対に言えない。それこそ私が発狂したのだと勘違いされる。

「やっぱり片付けとかその類がいいかな」

繕いを考えている中、ふと一抹の不安がひょっこりと顔を出した。

私はそもそも光家に迎え入れられるべきなのか。

私はもはや人間ではない。ドールなのだ。人外の能力を持つ、まさしく人外の存在なのだ。そのような私を、はたして先方は迎えてくれるのだろうか。もし迎えてくれたとしても、自身が嘘をついているという状況に何年も絶えることができるのだろうか。

――これが運命。

リミュレが言っていた言葉を口にしてみた。私の将来を決定づける上で私は人外の存在となって光家の人間とならなければならない、そのように考えてみると、急に不安が流れ出て消えてしまったように思えた。

「私は養女になって、母さんや父さんの分も幸せになって生きなきゃいけないんだ」

声を出し、自らに囁きかけてみる。心の奥からじわりと湧出する感覚が発生する。その湧出する感覚は一体何なのかは、はっきりとした答えはないのだが、とにかく温かいもののように感じた。あたたかくて、私の未来を保証してくれるもののように感じた。

私が指先に炎を出したり氷を発生させたりなどして暇を潰していると、扉を開けるものがあった。私は一種の期待を扉の動きに寄せていたのだが、扉の陰から現れたのはリミュレだった。私は指先から炎を出しっぱなしにしていたものの、落胆と同時に火が小さくなってぽっと消えてしまった。

「桜さん、お一人ですか」

彼女は明白なことを口にしながら私の許へと歩み寄ってくる。彼女に対して私はこくりと一度だけ頷いた。

「だいぶ魔法の制御はできるようになりましたね」

リミュレはいつもと変わらず笑顔ばかりを向けてきていた。彼女は私の隣にまで来てすぐ隣にちょこんと腰を下ろすと、横を向いてまたもや笑みを投げてくる。

「ええ、だいぶものにしました」

私は指を立てた手を顔から離し、爪先にマッチほどの炎を発生させる。ゆっくりと炎を大きくしていき、ピンポン球大に、野球ボール大に、ソフトボール球大に、最終的には長さが一メートルほどになるまでにした。そこからは小さくしてゆき、ピンポン球大にしたところで調節をやめ、今度は炎色を変えた。バーミリオンから白青、緑、黄色――

「そこまでできるなら、もう力加減はばっちりですね」

彼女はやはり笑みばかりを浮かべて私を見てきている。会話だけを見ればいたって普通だが、彼女の浮かべている表情は妙に異様だった。

私は彼女の顔を尋ねずにはいられない心理となった。

「リミュレさんは、どうしていつも笑ってるんですか?」

リミュレはすると急に笑みが薄くなって顔を逸らした。正面に顔を向けるなり俯き、どうやら答えに窮しているらしかった。さきほどまで人の活気を生み出していたリミュレが黙ってしまった今では、この部屋に再び重苦しい空気が舞い降りようとしていた。重苦しさを肩に感じてはじめて、私ははっとした。聞いてはならない、禁断の領域に私は踏み込んだのではないかと思った。

「私の表情で、桜さんはお気を悪くしましたか」

「いえ、そんなことないです」

私は自らで逸らした道を正そうと躍起になって否定した。するとリミュレは俯いたままでも再び笑みを浮かべ、表情に似合わずため息をついた。

「私、人と話すときはいつも顔が笑顔になってしまうんです。なるべくなくそうとは思っているんですが、癖になってるようでして」

どうすればいいんですかね、と彼女は尋ねてきた。いきなり聞かれてもそのような問題に私は直面したことがない。故に解決方法も一切分からない。だが彼女の心がこれ以上沈むことも見ていられなかった。私はどうすればよいのか、ありもしない経験をシミュレートして答えを考えた。

私が考えているなか、不意に彼女はベッドから腰を上げて部屋の中を十数歩歩き、私とは少し距離を置いた。

「ところで、養女になるという件、どうなさるおつもりなんですか?」

彼女は癖を意識したためか、今まで以上に薄い表情を浮かべて私と対峙していた。

「養女になろうと、今は思ってます。でもまずは先方の話を聞いてからと」

「そんなところが一番いいでしょう」

リミュレは私に背を向けて、テーブルに尻を少しばかり乗せて、停止して見せた。彼女の動きが止まったことで、私も止まった。空気も止まった。この部屋が止まった。

桜さん、と不意にリミュレが私の名前を口にした。

「私は今幸せです。こうやって生きて、マリエルやイーガンさんと一緒に行動して、役立って、何もなかった自分が人のためになってることが今幸せなんです」

リミュレの表情が一切窺えない一抹の不安を感じた。彼女の声がどこか機械的な冷淡な声調となっていることも私の感情を助長させている。

「でも、私の人生には、これ以上の幸せはもう来ないんです。私は、マリエルとイーガンさんの役に立つ以外、何もないエルフなんです。魔法の技術以外に能がないちっぽけな存在なんです」

彼女の言葉が紡がれてゆくと同時進行に言葉の勢いがどんどん強くなっていった。冷淡だった声が大きく燃え上がっている。感情的になっているのは明白だろう。

「私は、所詮あのことで死んでしまっても構わない命だったんです」

リミュレの言葉がバックドラフトを起こした。私は彼女の悪い考えを是正すべく言葉をひねり出そうとしたが、私とリミュレとの関係はたかが知れている。その程度の関係で、彼女の奥深くに根付いている考えを枯らすことは全く以て不可能なことだった。

「でも」

急にリミュレの口調が大人しくなった。

「桜さんには後ろ盾をしたいという人がいる。桜さんの将来には、まだ可能性が残ってると思うんです、私とは違って、無能な私とは違って」

今度は爆発する様子を見せずにむしろか弱く震え始めた。声が冷徹な何かにかじかんでいる。リミュレはゆっくりと立つ動作をし、ゆっくりと振り返った。

涙を流していた。それは自らの無能さを恨むのか、それとも単に感情的となっているだけなのか、もしくはその他の理由かは判別がつかないが、彼女は泣いていた。頬を濡らしていた。

「私には、私を救ってくれる人がイーガンさん以外いなかった。救ってくれたあとのイーガンさんはまず私を引き取ってくれる人を探してくれました。でも、町の人は誰も引き取ろうとしなかった、親戚までも! 親は確かに親戚とは仲は良くありませんでした。でも、私まで、排除されました。私は、親戚に殺されたんです。生きながらにして殺されたんです」

リミュレは床に幾粒もの恨みをこぼしていた。ぽつん、ぽつん、とゆっくり一つずつ顎の先から垂れる。私の目からもいつしか流れているらしかった。

「死んだんです。昔の、人の話に笑みなんか浮かべなかった私は」

リミュレは二の腕を目にあわせた。すぐに頭を左右に振り、腕に目をこすりつけた。くるっと回って私に背を向けた。

「すみませんね、余計な愚痴をこぼしてしまって」

リミュレは目から押し付けた腕を離して言った。声に震えを認識することはできない。だが、背中が微かにぶるぶると震えているように見えた。肩の上に大きな鉛があるように見えた。

「それでは、私は、外で魔法の練習をしてきます」

彼女は急に扉まで走って行き、逃亡者のように扉を開け放って私の視界から消滅してしまった。私は涙を流したまま人形のごとくベッドに腰を下ろしていた。私は彼女が背負っていた錘の半分を持ってしまった。私は知ってしまった。彼女の笑みは、決して望んでしていることではなく、自身を売る為の、二度と捨てられないようにする為の悲しき笑みなのだ。リミュレの身心はぼろぼろで今にも空に溶けてしまう状態なのだ。

私は余計感情的になって更に涙した。今度は号泣だった。

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