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にの、にの?

Since 2009

とっぷぅあばうと小説あり□ 同人誤字脱字案内メール

二次創作

立て続けに散る桜とともに

桜さんを主人公にしたストーリーに忠実でやるつもりで書いたスピンオフ。
いや、番長は桜さんだと思います。
2009年作品

原著作者情報

原著作者=木下英一
ばとね!

連載

私はただどうすることもなく家の椅子に座って、雨の降っている外を窓越しに眺めているだけだった。私の服装は特に学校へ行く用事がこれからないのにも関わらず制服を着ている。ライトブラウンが映える二つボタンのブレザーに、スカートはジャケットと同色形のストライプという、特徴的な制服だ。そして背凭れには自分の長い髪が絡みつくようにかかっている。私はそれを右手で払って一本一本が同じ方向を向くようにさせた。

「母さん……」

視線を窓から反対側の場所に視線を移した。リビングであるこの部屋は殆どのものが取り払われて、仕切りとなる襖は開けられ、その先には大きな花が――仏花が置かれ、私の身長ほどある仏壇、その下には私の母が眠っている棺が安置されている。

私の母は病弱な性質の持ち主だった。私を生んだ時も危険だったという話も聞いたこともある。入院の常習犯でもあった。だからあまり遠くへ家族旅行に行ったことはない。母親は夏休みになるといつも白い顔をして申し訳ないという旨ばかりこぼしていた。ただ私自身それほど家族旅行というものを好いておらず、むしろ友達と遊び呆けていることが好きだったので好都合だった。しかしもう言えない。

つい最近、病死した。死因は多臓器不全だった。

あの中には、もう病で苦しむことのない母親が眠っている、そう考えると私は不謹慎にも口に笑みを宿してしまう。本来なら悲しいはずなのに、モナ・リザのような笑みを浮かべてしまう。もし第三者から私を見たとしたならば、恐らく意味の分からない恐ろしさに満ちた表情だったろう。

窓の外で車が走り去る音がした。私は顔を母親から窓へ戻すと、その時玄関のドアが閉まる音がした。背方に振り返って待ち構えると、リビングへのドアを開けて男が入ってきた。「桜」と彼は私に声をかける。やさしいように聞こえるが、ひどく小さく、弱々しい感じをもたらす声調だった。

「来た人みんな行った?」

「ああ。明日は母さんを火葬場に連れていく。明日は早いから、もう寝なさい」

やさしい言葉がとても痛かった。だが、それよりも父は辛いはずだ。すぐに扉を閉じるのだが、閉める瞬間に見た父の顔は、とても悲しそうだった。

別の部屋に父親が入ったことを認識させる音が微かに聞こえると、私は視線を正面にあるテレビの真っ黒な画面を見る。自分の下腹部から下が反射で映っている。紺のハイソックスのせいか、ふくらはぎから下は存在しているのかしていないのか分からない。目を凝らすとその存在をようやく認識できる。ふと意味のない行動に飽きを感じ、私は立ち上がって母の許へと歩きよった。

「おやすみ」

私は母の棺が乗せられている霊柩車の方に乗り、父は前を走る黒の乗用車に運転手と共に乗り込んだ。黒ずくめの参列者が二台の車両を両脇にひしめく中、タイヤはゆっくりと動き始めた。

中で会話は殆どなく、私に運転手が「お悔やみ申し上げます」と言ったのみだった。私たちは自宅を出発して市内にある火葬場へと移動する。交通量はそれほど多くない道のりであるために、すんなり行けるだろうと私は楽観していた。

ふと外に目を向ける。通りには民家が建ち並び、遠くからチャイムの音が鳴っている。時間的には二時限目が始まった頃だろうか。

歯車が狂った瞬間だった。

霊柩車の前を走る車は十字の交差点に差し掛かった。信号は青だったのを覚えている。私はちょうど視線を横から正面に向けたところで、左側に何か異質なものを見たような感覚だった。

その感覚は事実だった。

その時はじめて自動車は吹っ飛ぶものなのだということを学んだのだと思う。目の前でSUVに追突された黒いセダンは激しい音を発しながら、窓ガラスを一瞬にして散らせながら宙を浮いて横に飛んでいった。横に跳躍して電柱に激突すると、油粘土のように車はぐにゃりと曲がる。それはもう車というよりもただの金属塊と呼ぶにふさわしいものだった。

それに誰が乗っているのか、すっかり私は忘れていたのだ。それにはっとさせられたのは、霊柩車の運転手が甲高い音を発生させて急停止した時だった。急激な滑りに体がこわばり、命綱であるシートベルトを両手で今までにない力を以てして握りしめた。私の乗っている車が交差点の真ん中で停車する。

「大丈夫ですか間宮様」

隣に座っている運転手がすかさず私の肩に白い手袋をした手を添え、尋ねてきた。

「ええ」

私はその瞬間に気づいたのだ。残酷なことに、スリップをした影響で変な方向を向いて停車した霊柩車は、衝突を受けてフロントガラスを曇らせ、車体がぐしゃりと潰れている黒い車を正面にしていたのだ。

「車が」

運転手はいつの間にか車から出て被事故車両に向かって走っている。私は顔面蒼白になってその様子を呆然と見た。そもそも何で火葬場に向かう最中で交通事故に遭ってしまうのだろうか。それがよりによって自分のすぐ目の前で起きてしまったのか。母が死んだ瞬間を看取っていない私には、このことが母のこと以上に恐ろしいものだった。

運転手が中の様子を窺っている中、私は突然降りかかっていた絶望にどうすることもできずに涙を流しているだけだった。彼の様子を見に行かなくとも分かる。あれほどまで車が原形を保っていないのだから、中にいる人間は即死に違いない。救急が中をこじ開ければ、原形を保っていない人間が二つ出てくる。私はそのようなことを思いながら俯いて泣いていたために運転手がドアを開けようとしていることに気付かない。突然の開閉音に、私は体をびくつかせるのであった。

「中の様子を見てきたのですが、あの様子だと、恐らく」

男は首を横に振った。そして中に乗り込むと、携帯電話を取り出して連絡を取り始める。私はそれが誰にしているのかなど考える余地もなかった。

父も死んだ。

母も死んだ。

私は生きている。

涙線が急に開くのを私は感じた。よりひどく泣く。小さい頃でも、私はその時ほど泣いたことはなかった。

私の家族は――いなくなった。私はこれからどうすればいいのだろうか。答えを見出そうともせずひたすらに泣いた。

そのあと現場は葬儀どころではなくなった。先に到着していた参列者はもちろん、後に続いていた参列者もその場に集まって騒然としていた。辺りには数台パトカーが止まっていて、父と運転手、そしてSUVの運転手は救急車で運ばれていった。私と私の横で運転をしていた人はその場で警察官から事情を聞かれ、一通り話し終えると――説明は殆ど運転手がした――すぐに帰してくれた。その日は葬儀どころではなくなった。参列者全員を集めて、葬儀は明日改めて行いましょうとのことだった。

私はすぐにあの霊柩車のドライバーに送られて家に帰ってきた。

「た、ただいま……」

試しに声を出してみるのだが、返ってくるものは空しい自身の声の余韻だった。振り返って運転手に頭を下げ、運転手がいなくなるのを待つ。

「明日九時にまたお迎えにあがります。お母様のお身体はこちらで預からせていただきます」

男は扉の前に立って私を見下ろしているのだろう。そう思っていると扉がかちゃと閉まった。深々と下げていた頭を持ち上げると、そこには見慣れた扉があるだけだった。すぐに振り返って革靴を放り投げるように脱ぎ、階段を駆け上った。床が抜けそうなほど大きい足音を立てながらである。階段を上がるとすぐ正面に私の部屋があり、体の勢いを止めずドアに衝突した。その瞬間ノブを捻ってドアを手前に引き、開けっ放しにして入った。私は左側にあるベッドに倒れこむよろしく崩れ落ちた。

「何で……何で……」

私は両手で掛け布団の布を思い切り握りしめた。自身の悔やむにも悔やめない運命を摘みあげて握りつぶしそうとした。

「何で父さんも死んじゃうの」

右手を布から離し、拳を作ってマットレスを歪ませるほどの力で叩きつけた。それを何度も続ける。鈍い音が響く。むん。むん。むん。むん。

「何で私を残すの?」

私は目を瞑って悲痛を叫んだ。

「どうしてなの……」

私はこれほど生きることが嫌なことであると感じた時はなかった。現実という世界に突然ぽいっと独り放りだされたこの感覚が今考えてみると絶望ということなのだろう。放り出されて、そして行くべき道も見つからない。そのような暗闇の道。叫ぶ以外に何が乞う手段としてあるのか。当時の私には、ほかの手段など思いつかなかった。

雰囲気にそぐわないインターホンの音が突如鳴り響いた。無機質なその音に私は動きを急に鎮めた。音が失われた一瞬、あらゆる音のない静寂を感じた。だがすぐにインターホンが鳴る。私は涙を拭うと、首を激しく横に振り、そして階段をゆっくりと降りて行った。

「はい」

そして扉を開ける。黒いスーツを着た男がそこに立っていた。私と目が合うなり、その男は会釈をする。

「ご無沙汰しております。光孝明と申します」

「光……さん?」

光というと、この町、いや、日本でも有数の富豪である光家のことである。その光孝明さんは大手電機メーカーの社長を務めていて、私の父親の大学からの親友だった。よくそのような話を聞かされたものだ。

私はそれを思い出し、すぐに礼を返した。

「父がお世話になりました」

もちろん先ほどまでの泣きじゃくった様子を一切見せないようにしている。

「こちらこそお世話になりました。実はすこし桜さんに話したいことがございまして」

光の声は温かみのある丸く低い声であるが、表情はやはり硬いものだった。その言葉に、私は一歩後退りした。

「左様ですか。では、こちらに」

私は玄関の横壁に背中を付けるほどして場所を開けて、男を中へ通す。私がすぐ左の部屋でお待ちくださいと告げると、男は従った。

リビング部分は、早朝に父と簡単に片づけをした。そのため四人が囲むことのできるテーブルセットと最初からどかさなかったテレビ以外、フローリングの部屋には何もなかった。

「お茶お持ちします」

私は光を椅子に座らせてから彼の横でそう言った。あくまで冷静を装っていた。対して彼は首を振って微かに笑んだような表情をこちらに向けてきた。

「いえ、結構です。それよりも、早く話したいことがありますので、座っていただけますか?」

私は彼に言われるまま彼と向かい合うように反対側の椅子に座る。突然何か悪い予感を感じつつも、私はその堅苦しい顔に視線を向け、目を合わせた。

「桜さんの父である功佳さんとは、大学からの付き合いです。私がこうやって社長となった今、その当時からの付き合い方をしてくれるのは彼だけでした。ほかの人は、どこかよそよそしい感じだったりしたのに、功佳さんだけは以前と変わらなかったです」

社長は自らの身の上を話して本題の前置きにしている。だが、彼はよくこの家に来ることがよくあったので、そのようなことはすでに理解していた。

「功佳さんには、借りがあります。このまま借りがあるまま終わってしまうのは、私の心情が許しません。そこでですが、私に葬儀代を払わせていただけないでしょうか」

彼の言葉は突然で、あまりにも驚かす要素の大きいものだった。いきなりさらっと大金の小切手を渡されるようなものだ。私は微かに俯いた。

「そうすれば、桜さんの当分の生活費は保証されます。いかがでしょうか」

私はどうこたえてよいのか全く分からなかった。いわゆる詐欺的なものかもしれない。だが、日本を代表する大企業の社長が、そんな低俗な行為に手を染めるのか。もしかしたら、本当に手厚い待遇をしてくれるのではないか。私はどちらにも立たないちょうど中間線上にいた。

「もし断りになるのなら、私は立ち去ってこの話を忘れます」

私はより必死になって頭を働かせた。確かに可能性としては詐欺か否かがある。とはいえ、もし一代で日本有数の企業まで押し上げた彼が、はたして汚職に手を染めるのだろうか。それに父は、そういったものに対する勘に長けていた。悪徳商法にかかったこともないし、電話による詐欺もほんのわずかな会話で見抜くことができた。そのような父が慕っていた男。彼が犯罪に手を染めるわけがない。

「わかりました」

私は小さく声を発した。そして男の目をゆっくりと見上げた。

「受け入れましょう、光さんのおっしゃることを」

光はすると、額がテーブルにつきそうなほど深く頭を下げた。

父はやはり即死だった。光が立ち去った数分後に警察官が棺を持って家にやってきた。そこで父の死因に関する説明を受けて、さらに事故を起こしたSUVの人間は重傷を負っているが命に別条がないということも聞いた。後日現場検証もするので、その際には連絡するということも言っていた。犯人は逮捕するとのことだった。

葬儀は父母を両方併せてのものとなり、式が終わると、葬儀代は私の目の前で富豪が払っていた。御仏前の封筒もかなりの量がある。ざっと見て二百程度だろうか。それをスタッフの人間が紙袋に整然とした並びで収めている。

「あの御仏前は、全てあなたのものです。それでは、あなたを家まで送りましょう。家族も乗っていますが、よろしいですか」

「ええ、構いません。お気遣いありがとうございます」

男は外で待っていますと告げ、深めに例を私に向けてする。顔を上げ、私に背を向けて外への扉へ歩いていった。私は首だけを彼に向けて徐々に小さくなる様子を見ていた。

車中の前側には社長とその妻、後部座席には彼らの子である可憐と私が座っている。可憐は私からすれば六歳下なのだが、それでも光家という家柄だとその年であってもため口を吐くのはためらわれた。度々会ったこともあったが、その度必ず敬語だった。

「桜さん、今回のことはお悔やみ申し上げます」

黒く輝く高級車が走っている中、妻はそのように言った。私は、

「いえ」

と言って軽く頭を下げた。すると彼女は別の話題をなげかけてきた。

「ところで、明日からは何をなさるつもりですか?」

私には気を紛らわす場所が一か所しかなかった。

「部活の方……剣道部の方に出たいと思っております。本当なら今日も昨日もあったものでして」

前方の座席からそうですかと落ちついた気品のある声が返ってくる。彼女はこの雰囲気をどうにかして少しでも払拭したいようだった。隣に座っている可憐は、これに圧されて先ほどから黙ったままでいた。

「剣道部でいらっしゃいましたか。きっとお強いのですね」

妻の声はあくまで冷静だった。

「めっそうもありません。それほど私は強くありませんよ」

私は県で優勝した経験があるのだが、このような状況でそのようなことを言っては不謹慎極まりない。その為に社交辞令的な言葉を並べた。その時自動車の動きがのろくなった。

「到着しました」

社長の声だった。私はその声を聞いて可憐と私を隔てている紙袋の取っ手部分をまとめて右手に掴んだ。車が完全に停車するなり、ドアを開けて外に出た。

「ありがとうございました」

ドアを閉める前に一礼する。だがそのとき、運転手席には男の姿はなかった。曲げていた腰を元に戻すと、彼はちょうどフロントバンパーのところを私に向かって歩いているところだった。

「今日も、話したいことがあるのです、疲れていることを承知しているのですが」

私はすぐ反射的に是と答えた。光家の男は軽く会釈を返した。

紙袋をテレビが乗っているデッキに立てかけ、私は椅子に座らせた男と向かい合う形に座った。手をテーブルのへりに組んだ状態で乗せている。

「それで、話したいことというのは一体何ですか」

男は小さく咳払いを一つした。

「昨日帰宅してから、妻と、女中の代表者とで話し合いました。そこで話し合った件なのですが、桜さん、あなたを我々光家の養女として迎えたいのです」

私は突然のことに表情を固めた。私を養女にしたいとは、一体何事なのだろうか。

「突然で申し訳ありません。私たちは、桜さんが一人で生活費を稼ぎつつ学業に励む生活は大変であろうと考えたのです。それに、娘の可憐の姉にもなってほしいのです」

私はそれにどう答えるべきなのか分からなかった。そうして私が困った様子でいると、男は頭だけで礼をした。

「すいません、突然このようなことを話してしまって。ただ、考えてもらえないでしょうか。今日明日でこのことを考えてもらって、明日、光家の本家に足を運んでいただけないでしょうか。そこであなたの意見を聞きたいのです」

「まあ、はい、分かりました」

私は彼のちょうどネクタイの辺りを見て答えた。真っ黒なネクタイだが、光の加減で美しい輝きを放った。

「家、分かりますか」

光家の男が言った愚問に私は知っていると即答した。この町でその光家の本家を知らない人間などまずいない。男は私の答えを聞いてから立ち上がり、失礼しますと言葉しながら椅子の横に立って深々とお辞儀した。そうすると玄関に向かおうとする。私もそのあとを追った。

「明日はいつ来ていただいても結構ですので」

ゆっくりと一礼すると玄関を出て行った。

私は玄関の鍵をかけると溜息をつきながら廊下の途中で立ち止まった。私はあまりにも唐突な言葉に処理しきれていない部分があるのだ。私なんかを養女にして一体何の得があるのだろう。養女となったとしても、私の未来に何があるのだろうか。私はどうしようもなく溜息をつく。

「寝よう」

その日は風呂に入る気力さえ残っていなかった。

剣道場で白い袴を着て正座をしていた。目の前に私は顧問と神棚にそれぞれ座礼して、それから胴を取って剣道具を片付け、立ち上がる。専用の更衣室には剣道場から直接行くことができ、私は右側の更衣室に入った。独特のにおいが立ち込めているが、閉め切られていたために激しい運動をした体には涼しかった。

「ねえ」

紺の袴を着た同じ学年の女が私のすぐ隣に寄ってきた。彼女はいつも私と親しくしてくれている。話すことがあるのなら着替えてから言えばいいことなので、彼女は一体何をそんなに急いでいるのだろうと感じていた。

「どうかした?」

そう声をかけると、彼女は私に耳許に口を寄せてきた。

「ねえ、桜の親って、あれ、なんだよね」

私の着替えようとする手の動きが一瞬だけ止まった。だが本当に一瞬のことで、「そのこと」と語尾を上げて尋ね返しながらすぐに剣道具を自分のロッカーに押し込んだ。

「大丈夫。何とかなるから」

頭の上にのっけて置いたままだった手拭いは胴で挟むようにして一時的に置いた。

「何か父さんが仲良かったらしくて、光家の人がバックアップしてくれるみたいだから」

そこでこの更衣室にいる全員の視線を感じた。親友は耳許で硬くなっている様子だ。

「ひ、光家ってあの光家?本当?」

彼女はその名を聞いただけで動揺をしているようである。そりゃそうだ、あの光家が私のような平凡な環境の人間のバックアップ、もっと的確に言えば養女の提案などまずあり得ないから驚くのも無理はない。ほかの人も着替えることを忘れて私の話に耳を傾けている。私はこの状況で全てを離してもいいような感覚に陥った。

「実はさ、養女にならないかって話があって」

だがおおっぴらに言うのははばかれるので、親友である彼女だけに聞こえる量の声で言った。

「え、それ、本当なの?」

彼女もまたその空気を察したのか、私並に小さい声で耳許に囁いた。だがその次の瞬間には、ほかの人が自分のいた場所から離れて私の周りを囲った。小声でも聞こえてしまったようだ。それは本当なのかという言葉が私を包み込んだ。

「詳しいところは分かんないけど、とりあえずそんな話があるの」

私は先ほどの倍以上に大きい声を張って、それから袴の紐を解いた。前部分を開くようにすると、袴をがばりと脱いで下着姿となる。そしてすぐに制服を着た。

「今日ところで洗濯係誰?」

話題をすり替えるために袴や手ぬぐいを洗濯する人間についての話題を呈してみた。

「今日桜だよ、洗濯」

ワイシャツのボタンを閉める手が止まる。その言葉を告げたのは私の後方にいるであろう部長だった。

「私?」

私は予想だにしなかったことにフリーズしていた体を元通り動かし始める。顔を俯かせてボタンの一個一個を見ていく。

「そうだよ、今日は桜が洗濯当番」

部長はそう言ってからみんな早く着替えちゃいな桜に迷惑だからと声を上げた。私を除く全員がはいと答えて各々の着替え位置に移動して着替え始めた。

「あとでどうなったかとか教えてね」

隣で親友が小さく声を発し、それから自らも着替えを始めた。

洗濯を終えて一人帰っている私は、いつもの帰り道とは逸れた石がごろごろとしている川の岸辺を歩いていた。左手を見ると水が轟音と響かせながらくぼみを走っている。水はとても澄んでいるようだが、時々目の前に現れる瀬で水は白くなって底が見えず、白くなっていないと思うとそこは身長の倍は深い場所で底が暗かった。私はそのようなこの川が奏でる周囲の音を消し去る音が好きだった。全てが洗い流されるような川の流れである。ふと目を瞑ってみた。水しぶきをあげて我先にと河口を目指す水の姿が一面に広がる。その為に白くなり、深い底を這い、石や岩を削る。その度に聞こえてくる命の叫び。私はそれが好きで好きでたまらなかった。

「気持ちいいなあ」

私は一歩踏み出して水が流れる方向と同じ方向に歩いてみた。ローファーでこの岩場は歩きづらいが、難歩性よりも癒しの音が欲求では勝る。歩く度にごろごろと鳴る長財布大の石でできた川べり、それも直ぐ隣は川という場所を歩いた。そして左足を前に出してある石を踏みつけた。

変なずれ方をその石はした。私は突然のことで心臓が上に跳ねあがったような感覚を覚えながら、体は川へと倒れていった。背を川に向けながら。手が水に触れた。冷たい。その時頭に強い衝撃を受けた。それはもう竹刀で面を打たれるものなど比較にならない。胴体は冷たさを感じていないことを何となく把握していると、急に世界が暗くなった。意識は朦朧を通り越していた。

||ススム>>