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問:どうしてこうなった?
答:分からない。
ばとねアンソロのお話があってその勢いで書いてしまった作品。
「ばとねのかたまり」所収。
リミュレとカレンの相変わらずフルボッコなお話。たぶん二人のタッグはシレイム並みだと思う。
2011年作品
原著作者=木下英一
ばとね!
商店街を抜けて、それから純和風な邸宅の前を通った。どうやらリミュレと先輩は知っているらしくて、陽気に話している。まりかという人の家で、最近大学に合格したらしい。ドジな話だとかケモミミカチューシャをどうしてもつけたがらない話とかを話していた。どうも先輩はその人に狼の耳のカチューシャをつけたいらしい。なにがしたいのかはさっぱり分からない。きっと先輩やリミュレとは違うタイプの人なのだろう。漆喰の壁に目を向けつつ思う。
視線を二人に戻したら、振り向いていた先輩と目があった。すると私のほうに振り向いて早歩きで距離を縮めてきた。目測三メートルを一秒で。
「どうしたんだよ可憐、おっと、今はリッツだっけな」
「なんでもないですよ」
「まあなんだ、私のことは義姉と呼びたまえ」
「なんですかそれ」
「リッツは私の、私たちのことをすっかり忘れてるけれど、私は知ってるんだ。記憶以外は全部私の知ってるのと同じ。昔と同じようにしろとは言わない。でもさ、もう一度仲良くなれてもいいんじゃないかなって思ってる。どうだ?」
「きっと無理です。私は覚えてませんが、先輩たちは覚えています。だからつらいと思います、一向に思い出さない私の姿を見て」
「まあ、一理あるけれど、私は生きてることを知ってるんだぞ。友達だった可憐の姿を、なのに仲良くしちゃいけないっていうのは、その方が私にはつらいんだ」
「先輩はいいかもしれませんけれど、ほかの先輩はどうなんですか?」
「それは知らない。でも私はなりたいと思ってるんだよ」
まあ、自分にまっすぐというか。先輩は私が死んだ世界から手を伸ばして首根っこをつかんでくる。私はリッツ。可憐じゃなくてカレン。じゃあ先輩は誰の手をつかもうとしているのだろう? なら好きにしてください、と口にした途端首に腕を回してきて、なら今日からリッツと理恵は友達だー、とまたこぶしを突きあげた。首に先輩の生温かさはあるけれども、やっぱり違和感が付きまとって。すっかり乗り気な先輩の腕は、でも引きはがすには気まずくて。横を見ればニカニカした先輩の表情。
で。
アーちゃんがいた場所は家電置き場となっている堤防だった。古タイヤが撤去されたと思ったら今度は古い電子レンジとか冷蔵庫の山になっていて、キリがなくてしょうがない。また美月君みたいなことになったらどうするつもりなのだか。潮風が強くて、なんだか倒れてきそうな気がした。
アーちゃんは堤防のふちのギリギリに座りこんでいた。しおれているウサ耳。フワフワなスカートからは膝と足がかろうじて見えていて、女の子座りしているのが分かった。スカートに一匹のフナ虫がついていたけれども、アーちゃんが気づいている様子はなかった。
だがアーちゃんに注意を向けるどころではない。問題は奥にいる茶色くてちょっとツノが二つほど頭に生えていて、セロリをむさぼるやつ。うむ、久しぶりのゴブリン。
「んあ? なんだてめーら?」
「で、ゴブリンのあんたがどうしてセロリをむっしゃむっしゃしてるんだ。セロリ臭がひどいぞ」
「ゴブリン? 違うね、俺はあんなちゃちな連中とは違う、俺はゴブリン(改)なんだよ」
「どーせセロリが食べられるようになったとか、そんなもんでしょ」
「断じて違う! セロリだけではなく、トマトにナスにアスパラにきゅうりに……もっとたくさんのものを食べられるようになってパワーアップしたのだ!」
「ばーか」
さすがゴブリン『かっこ改』。数々の蛮行―夜の学校を無駄に占拠したり鉄塔で遊んだりした末にセロリの大食い。なんていうか、もう、相手にするのもバカバカしい。くっだらない。
だが、カレンー! と駆け寄ってくるアーちゃんの姿を見ると、バカバカしいよりもムカつくの方が上回るわけで。
「あのね、あたしね、悪いことしちゃったの、その、あるだけのセロリを、もってこないと、あたしの限定、卵パックを、返してくれないって、だから、分かってても、しちゃったの」
「限定卵パック?」
「うん、麻奈ちゃんにお願いされて、買ってきてって」
「ああ、一人ワンパック限りのヤツね」
「はやく持って帰って、あげないと、麻奈ちゃんのおむれつ、食べられないよー」
自分が使うものは自分でなんとかするのが麻奈の主義だ。料理をしようとでも思ったのだろう、卵はあっても自分が使う分の卵はなかった、だからアーちゃんに頼んだ、というのがあたしの想像だ。
幸せそうにパクパクとオムレツを口にするアーちゃんの顔を想像したら、ゴブリンかっこ改に尋常じゃないイライラが湧き上がって。
「ふっざけないでよー」
気づいたらリミュレが思いっきり殴り飛ばしていた。ごついゴブリンがセロリの山に消えて、頂にリミュレの背中が仁王立ちした。セロリのせいでなにも見えないけれど、アーちゃんにひどいことをするなんて許せない、とか、元の世界で食べててよ、なんて言葉を発しながらひたすら踏みまくっていた。脚が振り下ろされるたびに肺から空気を絞り出すような音がした。
私もイライラをゴブリンかっこ改に向ける気でいたけれども、リミュレの荒ぶっている様子に気がなえてしまった。むしろリミュレを抑えないととんでもないことになりそうな、そのような予感。アーちゃんもまた、豆鉄砲をくらったような顔をして私の服にしがみついている。たぶん怖いのと罪悪感と驚きとでよく分からなくなっているのだろう。
いつの間にかセロリの山からリミュレがいなくなっていた。ずっとリミュレとヒーヒーおびえているゴブリンかっこ改の声が聞こえている。アーちゃんに聞いてみたら指さす先はセロリの山。ギャーという声とともに、その時、万引き犯が飛んできた。きれいな放物線で迫ってきて、目の前数メートルに着地。墜落する音が生々しかった。足元にやってきたやつはボコボコにされて、顔も腫れて体中に傷がついていた。
私がちょっと顔を動かすだけで、セロリ片手のゴブリンかっこ改は、ヒィ、とみっともない声をあげながらセロリで顔を隠した。
「あんた、どうしてセロリを?」
「こっちの世界にセロリはないから、その、食べたくてたべたくて仕方がなかったんだ」
「克服したら大好物になった、というわけね。でも、やるならこっちの世界のルールに従ってくれないと困るんだよね、いろいろ」
「ごめんなさい、だからせめて命だけでも」
「アーちゃんに土下座」
「ごめんなさい」
「セロリに土下座」
「ごめんなさい」
「地球に土下座」
「ごめんなさい」
「じゃあ帰れ」
私は一発ゴブリンかっこ改を、海に向かってサッカーボールみたいに蹴り飛ばした。またもやきれいな放物線を描いて、今度は海に沈む。どっぼーんと威勢の良い音としぶきをあげて。
アーちゃんのマスターが麻奈だという理由で来るよう呼んだ。麻奈はすると、おおよそ十分後につやつやの黒いミニバンで現れて、大量のセロリの山に言葉を失っていた。泣きじゃくるアーちゃんが抱きついて、余計に訳が分からなくなっている様子。私は先輩から支給されたすこんぶを口にしつつ眺めていた。
「これはどういうこと?」
アーちゃんの頭をさすりながらやってくる麻奈の眉間がわずかに波立っていた。アーちゃんはごめんなさいってばかり言って説明しない。すこんぶ片手に私が説明すると、麻奈はあっさりと納得して、私のすこんぶをひったくった。
「あーじゃあ、あのヘンな連中がセロリを集めるためにアーアアを脅した、ってことね。うん、よしよし、アーアアはよく頑張った」
「で、セロリのことなんだけど」
「あの連中がお金を持ってるわけないからねえ、私のほうでなんとかするわ。あの量のセロリだといくらするか分からないけれど」
「一応ゴブリンからは持ってた金を全部奪ったんだ、はいこれ」
「足しにもならない額しかないのにどうして、ねえ」
まったくだよ、とつぶやきながらリミュレに目を向けた。リミュレはセロリの前で先輩となにか話している。肩がぶつかるぐらい体を近づけていて、先輩らしくこぶしを突き上げたりして大声を挙げたりしていなかった。ブレザーのポケットに手を突っ込んでいた。
二人がセロリ色の草原が広がる別世界にいるような錯覚を覚えた。リミュレと先輩は全部を知っている。私の知らないことを知っている。私の知らない世界で私の知らない話をしている。二人の笑っていない表情を目にすると不安にかられた。ぼんやりと、私だけ知らないんだな、って。
リミュレが小走りして私のもとにやってくると、からおけって楽しいの? ときいてきた。笑っていない顔はカラオケのことが分からなかったかららしい。私が思っていたものとは全然違う結末に思わず吹き出してしまった。
「えーなんで笑うのー? おかしいこと言った?」
「うんや、そんなことじゃないんだけれど、さ。行きたいの?」
「うん!」
私の真横をいきなり、それじゃ行こー! という大声が殴ってきた。先輩が私の肩をがっしりと抱え込んで、たぶん私が可憐であった時もこうやってカラオケに誘ったのだろう。
私以外は変わっていない。この町の住人は変に寛容。