Since 2009
学校の課題で書いた英字小説「The Spring Road」を日本語訳してみました。
2009年作品
とがったノズルの先からは、噴水であるにもかかわらず、ちょろちょろとしか水がでていない。街のなかほどにある、さびれた小さい広場にある、そんな噴水。
そのそばに女の子が立っていた。うしろで手を組んでいて、指のからまっているところにバスケットの取っ手がひっかかっていた。おちつきのない様子で、あたりをせわしなくみまわしたりして、彼女がかぶるフードについたウサギの耳がせわしなく動いていた。
グレンという男の子が広場にやってきた。緑色を全身にまとって―緑の帽子、あかるい緑のコート、カーキ色のズボン。コートの下に深緑のシャツ。グレンは緑色が一番すきだった。だけれど、目の色は青だった。
グレンが女の子に気づくにはそう時間はかからなかった。彼女の動きがみるからにわざとらしいのだ。もしグレン以外の人がいたら、彼女を奇異の目でみることだろう。
「ねえそこのウサギさん、どうしたの?」
グレンがあかるい調子で声をかけると、〝ウサギ〟と呼ばれた彼女はとても驚いたような声をあげて、ふりかえった。
「あなたが、あなたがわたしをよんだの? あなたは誰? わたしのこと知ってるの? わたしになにをしてほしいの?」
「その、ええと、うん、呼んだよ。なんだか、その、困ってるふうに、みえたから」
グレンの声は、はじめは大きかったが、だんだん小さくなっていった。つぶやくような声になってから、なぜ声をかけてしまったのか、自分でも分からなかった。人見知りなのに、どうして?
「親切にありがとう。でも、わたしは本当にだいじょうぶだから」
彼女の声に、でも、とグレンは勇気をだして大きな声をだしたが、次には、ごめん、と彼女がほとんど聞こえないほど小さい声となってしまった。
ああ、どうして彼女に声をかけてしまったのだろう! グレンは心のなかでみずからを責めながらも、どういうわけか、目を逸らそうという気にはならなかった。なんだか、彼女の目をみているとおちつくきがしたのだった。
ふと、おちつかせてくれるその目が悲しそうな目をしているのに気づいた。だいじょうぶと言ったのに、うそのようだった。その目が喜んでいる姿がみたい、グレンはどんどん勇気がわいてきた。
「ぼくはなにかしたいんだ。なにか困っているんだったらぼくに話して。なにかできることがあるかもしれないから、おねがい」
「その、ニンジンをおとしちゃったの」
「ニンジン?」
「ええ、どこかで。わたしの家族が愛情こめてつくったの。おばあさんのところに持っていくところだったんだけれど」
どこかいっちゃったの、という彼女のことば。グレンは相づちをかえしながら地面をみまわした。ニンジンの鮮やかなオレンジならすぐに分かるはずだが、みえるのは、噴水と、石畳と、石畳のすきまから葉をだす雑草だけだった。
グレンは彼女の目をみて、一緒に探そうといった。
「ねえ、一緒にみつけようよ」
「ありがとう、うれしいわ。わたしはライラックっていうの」
グレンとライラックはさびれた広場のいたるところを探してまわった。噴水にふりかえって、グレンは噴水の水がたまっているところを調べるものの、オレンジ色をみつけることはできなかった。
時間は刻々とすぎていた。
どこなんだ、とグレンはつぶやいた。ニンジンはこれからさきずっとみつからないのではないかという気さえした。どれだけ探したってその姿がないのだ。
とつぜん、グレンとライラックのあいだを風がふいた。寒くてじめじめしていて、まるで水をすった風のようだった。二人とも身震いしてしまうほどだった。
ライラックが体をさすりながら凍える口をひらいた。自分にがっかりしているようで、声が自身を責めているかのようだった。
「ニンジンさんがいるはずなの。どうしてみつけられないの?」
「おもいだしてライラック。どこでニンジンをなくしたの?」
「ええと、その」
「なら、ニンジンを最後にみたのはどこ?」
「あそこ、あの道のちかくにひらけたところがあるでしょ? そこでみたのが最後」
グレンは耳と目を疑った。ライラックの指さす先は、たしか荒れた空き地だったはずだった。でも、そこには荒れ地をとおる小道があった。
グレンがどういうことだか考えこんでいたら、ライラックがあっと声をあげて、とある木を指さした。三本の木があって、そのうちの一本は、今までみたことないほどの、まるでバベルの塔をおもわせるほどの背があった。
「花よ!」
ライラックは探し物を忘れたかのように駆けだした。グレンは彼女のあとを追っていった。彼女の姿で隠れたり見えたりする花は、白くて、この世のものとはおもえないぐらいにきれいだった。
ああなんと、その隣にはニンジンがあるではないか!
二人はまっすぐ白とオレンジに走って、色あいのきれいなニンジンをとりかこんだ。その横にある大きな花びらには気づいていないようだった。
「ここにあったんだ―あ、あそこにも―あっちにも!」
ライラックは辺りに散らばるニンジンを、駆けよってはしゃがみ、駆けよってはしゃがみと、本物のウサギのように拾っていった。かごがいっぱいになったところでグレンにふりかえる彼女の表情は、まさしくこれが笑顔、といえるものだった。つつみこまれるような笑みに、グレンもまた笑顔になった。
「あなたのおかげだわグレン、ありがとう」
「ん、うん」
「ほら、ニンジン十本、みんな喜んでるよ」
「そう、みたいだね」
グレンの声は小さく、ライラックと目をあわせても申し訳なさそうに微笑む程度だった。はじめはどうして声をかけてしまったのだろうとおもっていた彼は、そのときでは、もうわかれてしまうのがいやだった。彼女の探していたニンジンは全て拾われてしまったのだ! 誰かがかごの中のニンジンをどこかにばらまいてしまえばいいとさえおもった。
「ねえ、いつか……また会える?」
グレンの口にライラックは答えなかった。すこしだけ考えこむようなそぶりをみせた。ちょっとだけ逸らす目には、困ってしまっているようなけはいさえした。
でも、次に目をあわせたライラックは、グレンにほほ笑みかけた。困りきったものではなく、きらきらと輝く目。また会えるよ、と答えているかのようにグレンは感じたのだった。
そんなとき、とても強い風がふいた。あまりに激しいもので、グレンは目をあけていられず、また、風の音以外の音は聞こえなかった。だが、その風は心地よいほどにあたたかかった。
まるで嵐のような風が、とつぜんとまった。先ほどまでの風がウソであったかのように、あたりには、さびれた広場の静けさだけがのこっていた。
グレンはゆっくりと目をあけていった。すると、底にいたはずのライラックはいなかった。彼女を探そうと、ライラックの姿をおもいうかべようとしたら、その姿をあまりおぼえていない自分がいた。彼女の姿が闇のなかでぼやけてしまっていた。
小道もまたなくなっていた。そのそばにあった大きな木も、消えた。なにごともなかったように、荒れ地がひろがっていた。
だが、グレンが見下ろす先にある白い花――ライラックの花だけはきれいに咲きほこっていた。